俺が認めたところで、キリは怒り出すこともなく呆れた様子も見せなかった。ただ無表情にじっと水槽に視線を戻している。
「深夕は、きっとこの水のように黒くて冷たい場所で……独りぼっち。寂しかったでしょうね。たった五歳で…」
キリが目を伏せる。
キリの妹、と言うことは大狼の妹でもあると言うことか。
「でもね……深夕は真冬の池で死んだから氷が彼女の遺体の状態をきれいにまもってくれてみたい。見せられた遺体はとても安らかで、私たちにとってただ眠っているように見えた」
何と声を掛けていいのか分からなかった。初めて見るキリの寂しそうな悲しそうな…一言では言い表せない複雑な表情。
「キリ……」
俺がキリを呼んでもキリは振り向かなかった。俺の問いかけが聞こえてるのかどうかも分からない。
「朝霧」
俺はキリの名を呼んで、キリの背中からそっと両腕を回し、彼女を抱きしめた。
小柄なキリが俺の体の中すっぽりと収まる。キリは―――こんなに小さかったのか……いや、実際にキリの身長や感触は知っていたし、今更な気がするが、
いつものキリより一回り小さく感じた。
キリは俺が抱きしめても特段驚いたりはしなかった。俺の腕の中、黒くて薄暗いガラスの水槽にキリと俺の姿が映る。
キリは俺の腕に手を置いて
「そのままで聞いて。
ねぇ、教えて―――
本当は昨夜、あの人と何があったの…」
ガラスの水槽に映ったキリの表情が今度こそ寂しそうに映った。
“あの人”と言うのは問うまでもない。
イチのマネージャーのことを指しているのだ。



