文字通りイルカの水槽を抜けると、深海ギャラリーに入った。
明るかった館内が一気に暗くトーンダウンしている。
リアルな水槽はなく、深海6500メートルの様子をジオラマと三次元の立体映像で再現してある。
深世界、新世界―――か……
深海6500メートルと言うのはまるで想像ができない。そんな冷たく暗い海底で生きる魚が居るのか、とここで少し興味を持った。
この暗く深い底の中で進化をすることもなく、ただ生まれ与えられた姿かたちで永遠に子孫を残して行く。
そしてまだ見ぬ魚たちの姿を一瞬自分の姿に投影した。
水面下の陽の光を浴びてひらひらと泳ぐ優雅な魚に―――俺は様々な人物を描いた。
可愛らしかったイルカとは一変してこっちは随分とグロテスクで(とりようによっちゃユニークとも言える)見ていてもあまり感動を覚えなかった。
光と音のない死の世界で、様々に泳ぐ魚たちは俺の目に奇異なものにしか映らなかった。
しかしキリはその場所が気にいったのか、さっきのイルカの水槽よりも真剣な目でガラスに手を置いている。
「みゆう」
キリは突然切り出した。視線は何か分からないが長ぼそい形をしたうなぎのような魚を見ていた。
俺が首を捻ると
「私の妹、深いに夕焼けの夕と書いて“みゆう”と言ったの」
初めて知った。
「お前の死んだ妹か」
「ええ。私の故郷……盛岡はとても寒いところで冬になると池も凍る程気温が下がるの。春になって深夕は見つかった。氷の中に閉じ込められていたの。
警察は事故死と捉えたわ。でも私“たち”はそう思わなかった。
“消された”のよ。玄武に―――」
キリがいつもの豊かな表情を無くした冷たくて無表情の顏でこちらを振り向いた。それはまるで海底を思わせる暗く冷たいものだった。
「知りたかったのでしょう?私の死んだ妹のこと」
そう聞かれて、俺は顎を引いた。
言い訳をするつもりはないが「それだけじゃない。お前の家族のことを知りたかった」そっけなく答えると
「家族……ね。あなたが興味があるのは私の“兄”でしょう?」
またも温度の感じられない冷たい声で聞かれ、俺は今度こそ深くため息をつき大きく二三頷いた。



