水族館に着いて二人分のチケットを購入後、チケットの半券を切る受付係が俺たちのことをちょっと怪訝そうに見ていた。
考えたら平日の…しかも昼間っからいかにも仕事中と言った風情のスーツ姿の男女が水族館に来ることに違和感を覚えたかもしれない。
それでも受付嬢は「行ってらっしゃいませ」と何とか笑顔を取り繕う。
水族館なんて何年ぶりだろう。
最後に来たのは、確かまだ会長が……琢磨さんがお小さいとき、彼が十歳になったばかりの頃、当時は6歳だった雪斗さんと連れだって来た。
あの時まだ先代の会長は御存命だが休みを取る暇もなく忙しく、母上である姐さんは病気がちで入院をしていた。
百合香とは―――……いや、この考えは今は止そう。
とにかく、夏休みに琢磨さんが『夏の思い出』と言う作文を書く為、どこかに連れてってくれ、とせがまれ、水族館を選んだ。彼らは思い思い泳ぐ魚たちに夢中だった。
あの頃は琢磨さんも可愛かったのに…
何をどーして“あんな風に”育ってしまったのか。(←育てたのはあなたのようなものですがBy魅洛)
いや、今は感傷に浸っている場合じゃない。
水族館に入ってすぐの大きな部屋は天井まで伸びたイルカの水槽になっていた。
イルカは二匹しかいなかった。説明書きではその二匹はつがいのようだ。
と言うことはどちらかが雄でどちらかが雌と言うことか。
落ち着いたグレーのカーペット、天井と壁は白で統一されていて、吹き抜けの水槽から日光の日差しが差し込み、淡いブルーの光を落としていた。
細かい粒子の気泡が下から上へ、立ち昇っては消えるを繰り返している。
夏休みの水族館は、学生たちや家族連れで賑わっているかと思いきや、意外と客が少なかった。あまり大きな水族館じゃなかったからか。これより10キロ先に、雑誌やテレビで紹介される程有名な水族館があるから、みんなそっちへ行くのか。
まぁ人が少なくてありがたいが。人ゴミは苦手だ。
「イルカ、可愛いわね」
キリは水槽のガラスの壁に手をついて、まるで少女のように顔を輝かせていた。
キリがイルカが好きなことは知らなかった。
水槽では二匹のイルカが思い思い優雅に泳いでいた。
説明書きのパネルを再び見たが、やはり俺にはどちらが雄でどちらが雌なのかよくわからない。つまりあまり興味がないと言うことだ。
「ねぇ、あの大きなイルカちょっと会長っぽくない?」とキリが指さしたのは確かに一回り大きく、ちょうど水底から上へ優雅に上昇しているところだった。
「背が高いところでしょ?あとは態度がでかいとこ」とキリが腕を組みニヤリと笑う。
「お前、それを会長に言ったら殺されるぞ」と冗談で言ってやると
「あの意地悪そうなのは翔にそっくり」と次に指さしたのは、上昇するイルカの妨げをするように彼の(或は彼女の?)周りを纏わりついている。
「お前、ホントに殺されたいか?」とちょっと睨むと
「冗談よ」と笑って。さっさと次の場所へ移動する。
キリが向かった先は「深海の海」と矢印が書いてあって、『深世界へようこそ』と綴られていた。



