店員がページをめくってくれて、俺は一つのページに目を留めた。
「これは?少し変わったデザインですが」と指摘すると
「こちらはリリークラスター・バイ・ハリー・ウィンストン・エンゲージメント・リングと申しまして」リリークラスター?やたらと長い名前は一回聞いただけでは覚えられないだろう。それ程興味がないからだ。
「本物の愛にふさわしいリングで、中央に配されたラウンド・ダイヤモンドのセンターストーンは、重なり合う花びらをイメージした繊細なセッティングの中で浮かんでいるように見えるんですよ。
花を咲かせたユリの繊細なフォルムを表現したものです」
ゆり…
百合……
と言う言葉で俺のカタログを指した指がぴたりと止まった。
「婚約指輪はシンプルになりがちですが、こちらのデザインも大変人気で」
店員の言葉がすり抜けて行く。
ほとんど無意識に「これにします」と頷いて、「いえ、やはり違うものを」とすぐに撤回した。
俺はいつまで『ゆり』にこだわっているのだろう……
キリ以外の女とキスをした、と言うだけで充分な裏切り行為だと言うのに、俺が愛した女たちの名前のモチーフをキリに贈ることなんて―――できない。
結局、キリの普段のアクセサリーを考えて、割とオーソドックスなものを選んだ。
名を「ブリリアント・ラブ・ダイヤモンド・エンゲージメント・リング」と言うそうで、値段はリリークラスターの二倍だったが、それが良かったのかもしれない。
俺はそれに決めた。
普通はもっと悩むものだろう。高価な買い物だ。すぐ隣で接客されていたカップルは俺より早くきて、まだ悩んでいる最中だった。
ほとんど迷わず俺が指し示したからだろうか、ここに来て店員がちょっと驚いたように目をまばたき、それでも慌てて
「ありがとうございます。先ほども申しましたようにこちらは0.5、0.7、1カラットと言う展開になっております」
店員はすぐに床と同じネイビー色のビロードを敷き詰めたトレーに、ダイヤモンドの一粒を白い手袋をはめ慎重な手つきでピンセットでつまみ置いた。
最初に置かれたのは0.5カラットと言われ
意外に小さいと思った。
しかしその小さな輝きは、とてもまばゆいものだった。
この輝きのようにイチはダイヤになれるのだろうか―――……
そんなことを考えていると
店員はサイズの違うダイヤをトレーに乗せ、それは0.7カラットで0.5に比べるとその大きさにいかに差があるのか知らされた。さらに1カラットになると、派手過ぎてキリの細くて長い指には逆に安っぽく見える。
キリは0.5カラットが良いと言っていたが、贖罪の意味も重ねて
結局
「この0.7カラットで」と言うと
またもちょっと驚いたように店員は目を広げ、しかしすぐに営業用の笑顔を浮かべた。



