「いらっしゃいませ」
清潔感があって洒落たデザインの制服を纏った女の店員が恭しく頭を下げた。さすが超一流の店なだけある。社員の教育も行き届いているようで、目の前で頭を下げている女も、まるで応接室のようなテーブルセットでカップルらしき男女の対応をしている女も男も、姿勢が良く身のこなしが上品だった。
スーツのポケットに手を入れたまま店をぐるりと見渡し、思わず値踏みをしてしまった。床は深いネイビー色、壁は白く、まるで博物館並のショーケースの中、たくさんのジュエリーが光り輝いてた。強盗に入られたら何十億と言う損害だな。
……て、金の計算ばかりな俺、どうなの。
つまり俺は価値の分からないダイヤより目で見えて分かる金の方が好きだ。
「何かお探しですか」
と、男一人で訪ねてきた客にも不信感を露わにせず、女の店員が笑顔を浮かべる。
「婚約指輪を」
俺が短く言うと、
まず最初に、にこやかに言われた言葉が「おめでとうございます」だった。
はじめてこういう店に入ったから正直その言葉に戸惑った。
この店は―――金とは違う、誠実さがあって温かみも感じる。
俺はその女の店員に促され、応接室のようなテーブルに腰を落ち着かせた。
すぐに売り込みをしてくるせっかちなセールスマンと違い、穏やかな、しかしそつの無い会話で、まずはカタログを見せられ、
「婚約者様はどのようなタイプのデザインがお好みですか」と聞かれ、好み?俺は首を捻った。
キリが普段どんなアクセサリーを身に纏っていたか、思い出すのにちょっとの時間を要した。
仕事中キリは必要最低限のアクセサリーしかしていない。例えば鎖骨のくぼみで光る小さなダイヤのネックレスとか、ピアスも同様で小粒のダイヤ。指輪はしていない。
それは“控えめ”と言えばいいのだろうか。“秘書”と言う肩書上、派手にできないと言うことを心得ているように思える。キリは俺の前に現れたときからそうだった。
数少ない私服で会うときも派手なものを身に着けていたわけではない。どちらかと言うと派手なのはイチの方で…
そう言えば……
イチのマネージャーはイチがダイヤの原石だ、と評した。
考えて頭を振った。
それを何と勘違いしたのか
「候補が多すぎてお悩みのようですね」と店員がちょっと微笑み、ぺらぺらとカタログを捲る。
意外だが、婚約指輪と言うのはシンプルなものが多い。
プラチナの台座にダイヤが乗っている。
価格の差は『重さ』、『輝き』、『色』、『透明度』の4Cと言う品質で価値が上がると言うことを店員が説明をくれた。
なる程。
俺は初めてあのマネージャーがイチのことをダイヤだと例えたのがちょっとわかった気がした。
最初の方こそ見てくれだけは美人だったが、それだけしか感じなかった。
でも今は―――……



