キリが運転するプリウスの車内はしんと鎮まりかえっていた。ハイブリッドカーだからエンジン音が聞こえない、と言う所も手伝って沈黙にさらに深みが掛かったような。
ともかく重苦しい雰囲気だった。
基本明るすぎる程明るく、黙っていてもあれこれ喋ってくるキリはいつになく無口で、後部座席のマネージャーも当然何かを口にするわけではなく。
キリはイチの“トラブル”の内容を聞いてこなかった。ただ、事務的にハンドルを回している。
俺が一瞬だけでも“裏切った”ことをキリは気付いているのではないか。
そんな風に思えた。
「あ、そこの一通に入ってください」
と、マネージャー夫婦が住むマンションの近くでようやく彼女が道案内の為、口を開いたのを聞いて少しほっとする。
路地裏にあるマンションの前はひとけが無く静かだった。車をきっちり停車させると
「あの……今日はありがとうございました」とマネージャーはきっちり頭を下げた。
「いや、礼を言われることは…」
「いえ、話を聞いてくださっただけで少し楽になりました」
マネージャーがぎこちなく笑顔を浮かべ、車の外に出たところ、ちょうど一台のタクシーが反対側に停まった。中から客と思われる男……マネージャーと同年代と思われる、が降りてきて、マネージャーに気付くと
「あれ?今帰り?」とのんびり聞いている。
「ええ、ちょっと担当してる子とトラブルがあって、相談に乗ってくださったの。彼らはその子の保護者」とマネージャーはその男……きっと旦那だろうな、に説明。旦那はこちらをちらりと見るとぺこりと一礼。俺たちも同じように頭を下げる。
「あなたは?」とまるで義務のように彼女が聞き
「…俺は…ちょっと“打ち合わせ”で…」と言葉を濁す。
マネージャーは夫婦仲を『惣菜』に例えた。
見栄えばかりきれいなのに、そっけなくて冷たい。
言葉通りだな。一応は夫婦の会話をして、あるべき姿を演じてはいるだろうが、演技力は妻の方が遥かに上回っている。旦那の方は大根役者も良い所だ。
浮気をする覚悟があるのなら、それ以上にうまくやれ、そしてそれを隠し通すのが筋だ。
白々しい夫婦の会話を横目に聞き、しかし夫婦の問題は二人にしか分からない。俺が無断に立ち入るわけにはいかない。
「それじゃ、私たちはここで」と軽く手を挙げると「本当にありがとうございました」とマネージャーは律儀過ぎる程頭を下げ、今度こそ俺たちはその場から立ち去った。



