大狼が“こんな場所”と言ったのは、俺が指定したバーが割とカジュアル路線で、酒を覚えたての学生やらが多い、ちょっと賑やか…と言えば聞こえがいいが、騒がしい。俺に声を掛けてきたOL風情の女がいい例だ。


「……組長…?」大狼の発言に、流石に何か勘付いたのだろう、女たちが後ずさる。


「うん、僕たち町内会の役員同士なの~町内1組~4組まであってね~」と大狼がヘラっと返す。


大狼の戯言に女たちは分かりやすくほっとして、その筋のもんじゃないと知って、急にまたさっきの甘い調子で、今度は大狼にまで狙おうとしている。


「お二人ですかぁ?じゃぁ2対2でちょうどいいじゃないですか」


何がちょうどいい。


「うーん…僕はいいけど、この人ちょっと今機嫌悪いんだ。今度の民生委員を誰がやるか揉めてて、誰もやりたがらないから」


「黙れ大狼」


堪えきれず、俺はつけていたロレックスを外すと、女の方に放った。


女は慌ててキャッチしたものの「え?え」と頭に『?』マークを浮かべている。


「くれてやる。ロレックスだ、売れば100はいくだろう、だからこれ以上立ち入るな」


と言ってやると


「嘘ぉ…」と女たちは目をパチパチ。俺がドスを含ませた声で言ったから、流石に女たちも今度こそしつこく誘ってくることはなかった。


「ね、これ本物かな…」と女が立ち去る間際、噂しているのを聞いた。


本物だ。ついでに言うと俺は


ホンモノのヤクザだ。


「遅い」と俺は一言、大狼を睨むと




「色々“仕事”が立て込んでたもので」




と大狼はどこか含みのある物言いで余裕の笑みで、受け流し


大狼が俺の隣のスツールに腰掛けると同時、慌てておしぼりを大狼に差し出すバーテン。


「どうも」大狼はいつもと同じへらっと笑い、だけど次の瞬間




「ウォッカ、ロック、ダブルで」




声を低くして注文するその余裕の様は、なるほど


―――日本一の殺し屋


と言われれば何となく納得のいくものだった。