「でも……契約内容は鴇田を含む関係者全員の殺害だわ。
しかも10月に開催される青龍会のパーティーでって言ったわよね。
当然、出席者に響輔も入ってるわ。どの道殺すんでしょう?あたしが頼んでも」
新しいカクテルグラスのステムをぎゅっと強く握ると
「そうだね」
玄蛇は歯に衣着せぬ物言いであっさり。
ステムを握る手に一層力が籠った。こんなに細いのにあたしの精一杯の力で割れないのが不思議だ。鴇田はこれよりももっと厚みのあるグラスをいとも簡単に手で割ったってのに。
そんな……力もないのだ、あたしは。だから響輔を守ることができない。
どうしたらいいのだろう……と、考えていると
「……と言いたいところだが、契約内容を少しだけ改めようと思う」
え――――……?
「きょ……響輔は殺さないって言うの…?」
「それは今後の君次第さ。さっきも言ったが私のことを漏らさないでくれ。
彼らが君に私の存在をほのめかしてきても、君はYESともNOとも答えなければ、それでいい。
たとえ、彼らが私に直接攻撃を仕掛けてきたとしても君が認めてないと分かったら、例えどんなことになろうと鷹雄 響輔には手を出さない」
「そ……それだけ?」
疑いの目で顎を引いて玄蛇を見上げると
「私は嘘を着かない。嘘を言えば依頼主と私の信頼関係が崩れる。
だから
“あの晩”―――言ったことも嘘じゃない」
玄蛇が言う『あの晩』と言うのが何なのか……分からないフリをするのは楽だろう。
でもあたしはちゃんと覚えてるし、早々忘れられない。
『私は―――君の愛し方が分からないのだ。
これきりにする―――と誓う。
君を抱きしめるのは。君を追いかけるのは。君を――――
愛するのは』
「よくよく考えたら馬鹿げた話だ。私はたくさんの人間を殺してきた。人間らしい感情なんてゼロに等しい。でも……一瞬だけ―――そう
君を愛しいと感じた。
でもほんの一瞬だ。それにもしその感情が強く働いたとしても、私はそれだけで鷹雄 響輔を手に掛けたりはしない。
私はオンとオフを使い分けるタイプでね。仕事に私情は持ち込まないから安心したまえ」
玄蛇は珍しく無表情で淡々と言って、グラスの半分程残ったブランデーを一気に飲み干した。
あたしはその横顔をじっと目を細めて眺めていた。
玄蛇は仕事に私情を持ち込まないと言ったのは本当かもしれないけれど
“一瞬だけ”と言うのは嘘な気がした。
『君が無事で良かった』
玄蛇の……はじめて聞く…崩れそうな弱々しい声。玄蛇はあたしがあの言葉を聞いていないと思ってるに違いない。
でも
あの声にあたしは『愛』を感じた。



