S――――


Snake



―――玄蛇



玄蛇の名を誰かが語ってあたしを呼び出そうとしている、と一瞬疑ったが、前回玄蛇と話したとき、確かにあたしは『エタニティ』と言う名のカクテルを飲んでいた。その出来事はあたしと玄蛇しか知らない。


きゅっと手の中でカードを握り、少しの間悩んだけれど


「……悪いけど、あたしちょっと用ができたの。服とかはそのままにしておいて」と言い、ルームシューズを脱ぎ、近くに転がっていたシンプルな黒のルブタンに脚を入れる。


「ちょっとyou…!どこへ行く気?」


当然聞かれるよね。


「鴇田から呼び出し。経過報告だけだからすぐに戻ってくる」


と嘘をでっち上げ、シャネルのクラッチバッグを手にして部屋を出ようとして、くるりと振り返った。


「後を尾けないでよ?そんな無粋な真似したら、次のドラマ出ないから」と指さすと、マネージャーは深くため息をつき


「30分だけよ。それ以上かかるなら電話するからね。いい…約束はちゃんと守っ…」


マネージャーの言葉を遮りバタンと扉を閉め、廊下に出ると


はぁ


深いため息が出た。


重い足取りでエレベーターに乗り込み、最上階のバーラウンジに向かうと、窓際の二人席の一つに背の高い男の後ろ姿が目に入った。


前にあたしたちが会話した場所だから間違いない。


後ろ姿だけ見ると、この男が“日本一の殺し屋”なんて思えない。今日はどこにでも居るサラリーマン風を装っていて、ブランデーの入ったグラスを傾けていた。


「こんばんは、って言うべき?」


そっけなく声を掛けると


「今日はアレはやらないよ?『あちらのお客様から』って」


と、玄蛇は前を向いたままいつもの調子で軽口を叩き、あたしは眉間に皺が寄るのが分かった。