くっそ!また退路を作りやがって!神社で目撃したのは女だった、と言うことを朔羅から聞いていたが、証拠がない。
しかもタイガが言うことが本当かもしれない、と言うことを俺たちは知っている。
タイガには双子の兄弟が居た―――
朔羅の目撃証言を信じて貫き通すか
考えを変えて、男だと考え直すか―――
どっちみちタイガは年齢から言う経験値か、それともいくつも逆境を乗り越えてきたからか、早々シッポを掴まれるようなことはしないだろう。
ぎりぎり歯ぎしりをしたい気持ちを抑えて
「あんたも妹が可愛いんだな、あの女は今回の件について一切の関与はない、と?」
と何とか切り返す。何とか話題を変えて時間稼ぎをしたい。その間に次の手を―――
「確かに私は朝霧の存在を知っていた。
向こうはきっと私が兄だと知らないだろうが」
「名乗るつもりはない、と?」響輔が目を上げると
「ああ、今後ずっとね。
最初に言っておく。
私の雇い主……イチはワルい女だが、私の妹は“怖い女”だよ。
あれを怒らせない方がいい」
タイガが念押すように、人差し指を俺たちに向け『イチ』の名前を出されたとき、響輔の手がぴくりと引きつった。
二人で向かっていけば切り崩せると思った。多勢に無勢だ。
だが、ヤツはたった一人で俺たちを切り崩そうとしている。
イチの名前を出されたら響輔が何もできないことを知っているのだ。
くっそ……!
「殺し屋と会計士の掛け持ちまでしてるのに、まだ足りないのか?そないに稼いでどないするん」
「君たちもくどいな。それはさっきも言っただろう?老後の蓄えだと」
「老後に10億も必要なんかよ」
「10億?」タイガが少し目を細め
「知ってんだよ、俺たちは。
あんたはイチを利用してイチのバックにおる『T』て女にUSドルで1,000万吹っ掛けたくせに。
Tって誰や」
俺が声を低めると
「依頼主のことは言えない。この家業、信用が何より大切でね」
タイガは、完全にさっきの余裕のある笑みを取り返し、俺は深くため息をはいた。
「イチのことが大事かい?ヒヨコちゃん」と、攻撃先を響輔に移したのだろう、タイガが低く笑い、響輔は膝の上で握った拳を震わせていた。
ギリギリと音が聞こえてきて、さっきまで黙って事の成り行きを見守っていた響輔が立ち上がった。



