羽未の家の隣家の息子、上杉士郎は、昔から頭もルックスも良くて有名だったのだが。

 当時から、まあ、ちょっと変わっていた。

 羽未が自分と同じ会社に来ると知った士郎は、
「お前、絶対、俺と社内で親しくするなよ。
 他人のフリをしろ」
と言ってきたのだ。

「へ? なんで?」
と言うと、

「みんなにお前と社内でベタベタしてるところを見られたくない」
と士郎は言う。

「いや、別にシロさんとベタベタする予定はないんだけど」
と羽未が言うと、

「お前になくとも、俺にはある。
 告白する勇気がなかったので、知らなかっただろうが、俺は昔、お前が好きだったんだ」
と言い出した。

 勇気のない人が、何故、今、自分からペラペラしゃべってくるのか知らないが、まあ過去の話だからだろう。

「だが、今の俺は自分の将来に有利な相手と結婚したい。
 そう、春成帯刀(はるな たてわき)を出し抜くためにっ!」

 ……誰なんですかね、春成帯刀って。

「だから、あんまり俺の側に来るなよ。
 反射で可愛がってしまうから」
と人を犬猫赤子のように言い、士郎は窓から帰っていった。

 いや、玄関から帰れ……。

 隣の家の(ひさし)に足をかけ、窓から自分の部屋に戻っていく士郎を見ながら、羽未は思っていた。

 それが入社数ヶ月前の出来事だ。