訳あり冷徹社長はただの優男でした

何度もすずに声掛けするもその態度は変わらず、仕方なしに抱っこしたまま私たちは少し話をした。すずはママをチラ見しては顔を隠すを繰り返している。

「何かいるものはある?洗濯物とかは?」

「じゃあお願いしようかな。」

カバンからエコバッグを出すと、そこに柴原さんが洗濯物を詰めてくれた。

「じゃあまた来るね。すず、バイバイは?」

「すず、またね。」

姉が手を振ると、すずは反射的に小さく手を振った。
もっと喜ぶと思ったのに、やはりすずはママの顔を忘れてしまったのだろうか。何だか不完全燃焼のまま、私たちは病室を後にしエレベーターへ乗り込んだ。

扉が閉まって行き先表示ボタンの一階を押した時だった。

「ママは?」

すずが私からようやく降り、見上げながら聞く。

「もう帰るよ。さっきバイバイしたでしょ。」

「すず、ママにあってない。ママにあう。」

「でもすず隠れちゃってたじゃん。」

「やだ、いく。えべれーたーのる!」

ヤダヤダを繰り返すすずの対処法が分からず、私は柴原さんと顔を見合わせた。
エレベーターは一階に着いたけれど、柴原さんはもう一度姉の病室のある八階を押す。

「じゃあもう一度行こう。でもちゃんと歩いて行くんだよ。できる?」

「うん。はい!」

すずは良い返事をすると、ちゃんと自分で立って私と手を繋いだ。
さっきもそうしてくれたらよかったのに、二歳児のスイッチの入り方が未だにわからない。