「……瀬野」
「うん?」

「もっと…」


足りない。
まだまだ足りない。

ここが家ではないというのはわかっているけれど、昂る気持ちは止められないのだ。


「…ふっ、かわいいこと言うね」
「ダメ…?」

「そうだな…俺は川上さんからキスして欲しいな」
「えっ?」

「約束、忘れてない?煌凰を倒したら川上さんからキスしてくれるって約束」

「……あ」


確かにそのような約束をした。
けれど、それを今持ち出すだなんて意地悪だ。


「でも今は瀬野からがいい」
「そんなこと言って逃げるのはダメだよ」


逃げてない。
本当のことを言っているだけだというのに。





「俺、頑張ったんだよ川上さん。
ちゃんとご褒美くれないと」


けれど瀬野は意思を曲げず、目を閉じて私からキスするのを待ってきた。

本当に強引な人。
けれど、瀬野らしいままで逆に救われたのかもしれない。


彼の頬に手を添える。
自分からキスなんて初めてであるため、ドキドキした。

いつも瀬野からしてくれるように、ゆっくりとその唇に自分のそれを添えて───


「…っ、涼介!」


互いの唇が触れそうになったその時。
突然病室の扉が開かれた。


「…っ!?」

驚いた私は思わず瀬野を突き放し、その場を離れてしまう。


「涼介!怪我を負ったって本当…!?」


病室に入ってきたのは瀬野の母親だった。
ひどく顔色が悪い彼女は、瀬野に駆け寄った。


「……母さん、手術前なんだから安静にしておかないと」

「でも涼介が大怪我を負ったって聞いて…」

「俺はこの通り大丈夫だよ。
あーあ、せっかく良いところだったのにな」


瀬野が私の方を見て、意地の悪い笑顔を浮かべてきた。

途端に恥ずかしさが押し寄せてきて、思わず俯く。