「泣きたかったら泣けよ」


蹲る私のそばに剛毅さんがやって来る。
優しいフリをして、きっと頭では自分のことしか考えていない。

さぞかしご満悦であることだろう。


それでも彼に後ろから抱きしめられた私は、抵抗することができなかった。

大きな腕に包まれて、安心感を抱くほどにまでなっていた。



「……これで、満足…?」

「ああ、想像以上だ。だからもう瀬野の母親に手出しはしない、これは約束する」

「…っ、本当…?」


それは私の中でとても大きかった。
自分の行動が救われた気がしたのだ。


「一度約束したら破らねぇよ。
お前が期待以上のことをしてくれたからな」


嬉しそうに笑う剛毅さん。
それから私の涙を拭ったかと思うと───


「……ん」


その時初めて、彼は私の唇を奪ってきた。
それも優しい塞ぎ方で。

抵抗はしなかった。
したところで、助けに来てくれる人はいない。


私はもうひとりになったのだから。
それならもう、彼に好き勝手されてもいい。

むしろ早く瀬野のことを忘れたいと思った。



「お前はよく頑張った。
あとは瀬野のことさえ忘れたら苦しさなんて消える。

俺が忘れさせてやるよ」


きっと、多分。
今のはかなりの最低な発言だったと思う。

けれど私は彼の言葉を鵜呑みにして───


瀬野を突き放した今、この苦しさからの逃げ道は彼しかいなかった。