愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜



「貴方の言葉通りに俺が動くと思いますか?」
「まあ、思わねぇな」

「それなら今日、どうしてここに来たんでしょうか」
「やっぱりお前は鋭い人間だ。色々と惜しい」


一歩も引かない会話。
瀬野の声もひどく冷たくて。


「早く用件を伝えてくれませんか?」

「その“統一”って話、受け入れてやってもいいと思ったんだがな」

「……はい?」


初めて瀬野に動揺が走る。
目を見張り、相手を見つめたのだ。

先ほど“統一”は生ぬるいと言っていた相手が、突然の受け入れ態勢になったのだから、驚くのも無理はない。


「ただし条件がある」
「条件、ですか」

「俺、自分より上に立たれんのが嫌なんだ。
だからトップを俺に譲って、それから───」


男はその時、初めてフードを外す。

ゾクッと全身が震えた。
男の目に光は宿していない。


まさに漆黒の瞳は瀬野───

ではなくて。
なぜか私を捉えていた。


「川上愛佳、そこの女を俺に寄越せ。
このふたつだけだ。簡単だろ?」


声が出ない。
心臓の脈打つ音が速くなる。

どうして男の口から私の名前が出てくるのだろう。
揺らがない瞳に囚われたような感覚に陥る。