愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜




「川上さん、帰ろう?」
「…っ、う、うん…」

「えっ!?愛佳ちゃん帰っちゃうの!?」
「うん…ごめんね」


あくまで偽りの私だから、瀬野に従順なだけ。
心では反発しているんだと。


本当なら『嫌だ』と拒否していると思うことにする。

そうじゃないと私だけがこんな気持ちになっているようで───


「風雅さんと莉乃ちゃん、先に帰ってたんだね」

地上へと向かう帰り道。
地下通りに私の声が響く。


平気なフリをして。
いつも通りのフリをして。

“フリ”だということに気づいている自分も嫌になる。


「うん、そうだよ」

どうせ瀬野は気づいていない。
私がこんなにも───


不安に押し潰されそうな気持ちに駆られている、だなんて。


「…っ」
「川上さん…?」

認めたくないのに。
いや、認めたくないから自分の気持ちを否定する。


「なんでもない。
今日も疲れたから瀬野がご飯作って」

「もちろんだよ。
嬉しいなぁ、川上さんが俺を頼ってくれて」

「別に頼ってない。
面倒になったからあんたに押し付けてるだけ」
本当にかわいくない言い方。

私なんかより、よっぽど素直な莉乃ちゃんの方がかわいくて良いだろう。


「それでも嬉しいよ」

けれど瀬野はニコニコ笑って。
面倒くさそうな表情ひとつしなくて。


一体彼が何を考えているのか、この時ばかりは知りたくなった。