「瀬野、準備でき…」

着替え終わるなり、部屋に戻ると。
瀬野はスマホを耳に当て、何やら話していた。


「うん、大丈夫。約束を破ったりしないよ。
だから安心して…うん、じゃあ後でね。

行きたいところ、莉乃が決めていいから。
好きなところ選んでおいて」


普通に部屋に戻れば良かったけれど、なぜか足が動かなくて。

どうしてか、息がしにくい。


「……川上さん?」

名前を呼ばれてハッとする。
瀬野は部屋の前で立ち止まる私を不思議そうに見つめていた。



「あっ…準備、できたよ」
「じゃあいこっか」


大丈夫。
息がしにくいのはきっと気のせい。

部屋にある鞄を手に取り、先を行く瀬野の後ろをついていく。


「あ、そうだ」
「……何?」


玄関の外に出た瀬野が突然立ち止まる。
忘れ物でもしたのか。

すると瀬野は振り向くなり───


私の後頭部に手を添えて。
そっと唇を重ね合わせてきた。

まるで時が止まったかのような感覚に陥る。


ゆっくりと唇を離されて、瀬野が意地悪そうに笑うのが見えた。