「いや、いいよ」

「せめてこれぐらいはさせてほしいな。
今日は良くしてもらってばかりだから」


本心でそう言ってるのか。
それとも───

なんて、考えたところで無駄である。


「じゃあお願いしようかな、ありがとう」



瀬野に背中を向けて座れば、先にタオルで優しく髪を拭かれた。

手つきまで優しいそれに身を委ねる。


『もー、暴れないの愛佳』

目を閉じれば遠くでお母さんの声がした。
幻聴か、あるいは昔を思い出したのか。


ああ、こんなことで胸が苦しくなるなんて。
いつまで私は過去を引きずるのだろう。


冷え切っていく心。
両親との思い出は歳を重ねるごとに薄れていく。



『強く…強く、生きてね愛佳…お母さん、愛佳の笑った顔が、大好きだから…』


事故に遭ったあの日。
目から沢山の涙が溢れる中で、お母さんは私にそう言った。


お母さんの最期の言葉は今でも忘れられない。