「おい佐野原ー、何してんねん」


「俺ら先行くでもう」




一瞬目が合ったあと、
彼は先に歩いて行く友人たちの方へ振り返り、




「あー、すまん、あとで向かうわ」




とだけ言い残して
床に未だ残った教材を一緒に重ねた。


オレはただひたすら、
震えてることしかできなくて

声をかけようと思っても、
気の利いた言葉がでなくて

やっとの思いで腕を動かしては
ぼうっと、彼の顔を見入っていた。





「これどこもってく…、ん…?」


「へっ」





ついつい、見すぎて
再び彼とバッチリ視線が合ってしまった。





「えっ、…どした?w」


「ぁ、いや…」





思わず顔を下に向けて逸らしたけど、

やばい奴に思われてもうたかな…。





「あ、人見知り?」


「え、」





さらに下からオレの顔を覗き込む彼。

どきっと心臓が大きく動いて
そのまま少し退いてしまった。





「ふはw あからさまww」


「ご、ごめん、そんなんじゃ」





焦って俯いていると、
床しか見えていなかったのに
前から手がすっと伸びてくる。

綺麗で指の長い、小麦色の手だ。





「え…なに」





そっと彼の方へ視線をやると、
その人はじっとオレのことを見つめて
ほんの少し笑みを浮かべていた。





「佐野原。7組」


「あ…そ、そう…」


「そっちは?」





出した手を一切引っ込めず
しきりにオレの顔を見つめてくる彼。

握れば、いいのか。

でも、そんなこと、恥ずかしくて
頭が真っ白になる。





「…2組、は、橋本…」





勇気を振り絞って
今にも消えてしまいそうな声で言うと、

今度は眩しい笑顔が降ってきた。





「よろしく。はい、握手」


ギュッ


「わっ、えっ、」





泳いでいた手を瞬時に掴まれ
痛いくらいに握られた手はとても温かくて、

そして大きかった。


オレの激しく波打つ脈が伝わってしまうんじゃないか
不安で不安で仕方ない。





「同じ1年同士仲良くしようや」


「う、うん…」





彼は納得したような表情を見せたあと、
適当に重ねられた教材を一人で抱え、歩き出した。





「さ、一緒これ持ってくで」


「あ…ありがと」





まさか、友達になれたんか?

うそ?

こんなベタな奇跡ある?





「俺まだ友達少ないから増やしたいねんw
よかったらたまに絡んでや」


「え、うん…え、ええのん?」


「おぉ、全然ええよ」




夢を見とるんやないやろか。

まさか現実になるやなんて。




「ほ、ほんまに?」


「なにw そんな友達おらんかったん?w」


「や、まぁ…おらんことはない、けど」


「ほんなら、見かけた時いつでも声かけてや」


「う、うん!」




人生で一番嬉しかった瞬間かもしれない。

高校入学して
一番の笑顔やったかもしれない。




これが、好きな人とようやく関わりを持った
きっかけだった。