電話が鳴っている。
あの道を通り過ぎてから、
帰宅した後もずっと。
メールも何通も来てる。
全部、ナオくんからだ。
【頼むから電話出て】
【今どこ?】
【家どこ?】
【ほんまにごめん】
【ちゃんと話したいから】
【顔見て謝りたい】
【このまま会えへんとかないよな】
【ヒイロ、どこやって】
今更、顔なんて見れへん。
謝られても、余計つらい。
オレかて明日最後やのに…、
こんなハズやなかったわ…。
♪♪♪〜
また携帯が震えている。
きっと、今電話に出ても
つらくなるだけな気がする。
好きなのに、いらんことまで迷惑かけて…。
オレはほんまに、アホや。
自分勝手や。
申し訳ないな。
心配しとるやろうな。
出てみようかな。
電話。
どうせ、もう勝手に傷ついてるし。
明日で最後やし。
恐る恐る受話器のボタンを押し、
何も言わずそのまま耳に当ててみる。
『あ、もしもし、ヒイロ?』
聞こえてきたのは
ナオくんの声ではなく、
田口くんの声だった。
一度携帯を離して画面を確認すると、
【〘通話相手 田口 悠也〙】と書いてあった。
驚いたオレは、泣いて鼻声になっているのを
慌てて誤魔化しながら、また耳に携帯を構えて
急いで相槌を交わした。
「あ…田口くん、どしたん?」
『明日さ、卒業式終わった後なんか予定ある?』
「や、特にあらへんけど…」
『そっか。空けといてな』
意外だった。
人気者の田口くんのことやから、
きっと卒業式の後は色々と忙しいと思ってたのに。
わざわざオレを誘うなんて。
ナオくんも来るんかな…。
来るやろうなあ…。
呼んでるやろうしなあ…。
顔、合わせづらいなあ…。
もう田口くんと二人だけで会って
いっそのこと、ナオくんのことも
話してしまおうか…なんて甘えが過ぎる。
でも、これで最後なのは自分も嫌だったので
ナオくんと友達に戻れるチャンスを貰えたと
無理やり納得することにした。
「…わかった、空けとく」
『おう。あとさ、』
「ん…?」
『佐野原、連絡とってやってや』
そっか、ナオくん、
田口くんにも連絡してたんや。
てことは田口くんはもう、
何があったか把握してるってことか。
「………………」
『お前の大好きな佐野原、
今頃お前の家付近で迷子になっとんぞ』
「………言うて、しもうたんよ…」
『…………………』
「オレが、ゲイやって…」
止めていた涙が、また
勝手に零れ落ちていった。
少し黙った後、
田口くんは何食わぬ声で一言呟いた。
『…ええやん、別に』
それは田口くんらしい返答で、
そりゃそんなもんよな、と思いつつ
どこか寂しいような感情が湧き出る。
『まぁでも』
黙り込んで鼻をすするだけのオレに
今度は優しい声で話し始める田口くん。
『よう、勇気出したやん』
初めて、他人が
本当のオレを認めてくれた瞬間だった。
ゲイであること、
ナオくんが、好きなこと。
これで良かったのかも、なんて
少し安堵することができた。
自分は、正しいことをしたのだと。
『佐野原はさ、きっと
ヒイロの気持ちに答えてくれるはずやから』
「………、う…ん」
『あいつは、ほんまに
ええ奴やからさ、素直やないだけで。
根は真面目やねん。せやから…』
田口くんが、こんなにも温かく
オレとナオくんのことを気遣ってくれたのは
初めてのことだった。
その優しさに、オレは
声を殺して号泣していた。
『もう少し、
"ナオくん"のこと信じてやってくれや』
穏やかな口調で、
背中を大きく押されたような感覚だった。
励ましの言葉に、これほど
恩を感じたことはない。
オレは、泣きながら
何度も"ありがとう"と伝えた。
田口くんは"泣くな、男らしくいけ"と
優しく笑いながら叱ってくれた。
電話を切った後も、携帯は鳴り続けた。
【 着信中 佐野原 尚 】
意を決して、オレは今度こそ
間違えずにボタンを押して
携帯を耳に押し当てた。
