高校3年の秋。
季節は冬に変わろうとしている頃。



オレたちは相変わらず
ともに過ごす高校生活を続けていた。



"卒業"という現実から目を背けるためだ。



変わったことといえば、

放課後はすぐに下校せず
ナオくんと田口くん、山下とオレの4人で
図書室に篭って勉強会を開いていることだろうか。




「あーだるいー…なんで勉強せなあかんねん…」


「ナオくんは卒業ギリギリラインなんやから、
来月の期末試験でちょっとでも余裕出さんと!」


「いややー勉強したない。
遊びいこうやヒイロー」





駄々をこねるナオくんの背中を軽く叩き、
未だ広げないノートを開いて目の前に突き出した。





「はいっ、やるでっ」


「ほんま鬼畜!」





それを目の前の席で見ていた田口くんと山下が
冷めたように目を細めて静かに呟き合う。





「まるで親子喧嘩や…」


「わたくし田口、只今
目の前でイチャつかれているであります」


「イチャついてるって言うんかこれは…」


「そんなんちゃうわボケ!!」





とりあえず鋭さを意識してつっこみ、
また手元の課題に意識を戻す。


すると、静かになったところで
ナオくんの口から
みんなが避けてきた言葉が漏れ出した。





「…もーすぐ卒業かぁ」





オレはすぐに返事を返すことができなくて、
少し痛む胸を落ち着かせた後
山下や田口くんの方に視線をやってみた。


山下は手元を見たまま
少し眉間に皺を寄せていた。

すぐ顔や口に出るタイプやから、
悲しそうな思いが表情から読み取れる。


田口くんは相変わらず無表情で、
教科書をパラパラと読みふけっている。


誰も返事を返すことは無い様子だった。


ということは…、
オレが何かコメントしなくてはいけない。


考えないようにしてたのに。




「さびしいね」


「…あと4ヶ月、あっという間やろな」


「そんな…言わんでや、」


「事実やん」





冷めたように言い放っていくナオくんに、
オレは何も言い返せずにいた。

急激に張り詰める空気を和らげるため、
山下がそっと口を出す。





「まぁまぁ、卒業しても遊べるやんか」


「…せやな」





オレは無理やり口角を上げて
山下に目線で感謝をしつつ、

隣に座っているナオくんにも
分からないように目を配らせた。

ナオくんは背もたれに仰け反り、
腕を頭の後ろで組んで
ぼうっと机上の白紙のノートを見下ろしている。

何か、物思いにふけっているような
ふてくされているような。

実は、数日前からこんな感じだった。

オレたちに不満があるわけではないようやけど、
きっと、何か深い悩みがあるんやろうなと思う。

でも"卒業"と言葉に出して、
ここまで粗暴な態度を取ったのは初めてだ。


何か嫌なことがあっても
そんなに表に出すことがないナオくんだからこそ、

オレは余計に心配になっていった。





「今日はさ、30分だけにしよっか」


「なんやヒイロ、用事け?」


「う、うんまぁ…」





そうすれば、帰りにナオくんと
ちゃんと話ができるし。

それが良いと思って、提案したんやけど。





「悪い、俺帰るわ。
お前らは勉強がんばりや」


「えっ」





雑に椅子を押しのけて立ち上がり、
そのままこちらを向くことなく

ナオくんは
そのまま図書室を出ていってしまった。





「まったく、アホかあいつは」





田口くんは平然としていて、
そのまま顔をも動かそうとしない。

山下と顔を見合わせて
心の中でどうする?と問いかけても

山下はため息をつきながら左右に首を振って
次の問いに挑みに机へ向かった。



そっとしておいた方が良い気はするんやけど…。

どうするべきやろ…。



これまでにない態度を見せられて、
胸が少しズキズキしている。

好きな人が怒ったり悲しそうにしていると
こっちまで心臓が締め付けられる思いだ。




とりあえず…今は勉強しとくか…。




今の状況でナオくんに会うのが
少し怖くて

オレは再び課題に戻る。


するといつもの調子で
田口くんが適当な口ぶりで話し出した。





「山下、今日空いとん?」


「あー、今日はバイト」


「まぁ知っとったわ。ヒイロは?」


「え、まぁ…空いとるけど」





声をかけられて田口くんの方に目をやると、
彼は読んでいた教科書から顔を出し、
なんの感情もなさそうな目で
俺の方を見つめた。





「メシ、食って帰ろうや」