夕暮れ、設備を片付けている最中。

父兄は既に帰り支度を済ませ、
校門から帰路に向かっている。



オレ自身は今日特に何もしてないけど、
とても幸せな一日だった。



設備で出された鉄のポールが当たる音や、
生徒全員で歩き回り起きた大きな砂埃が
体育祭の終わりをさも寂しげに語っている。



むしろオレは、
これからが本題なんやけど。




「ヒイロー、こっち持ってー」


「あ、おっけー」





クラスメイトの山下と
大型テントをたたんでいるときだった。





「は、橋本くんっ」


「…え?」





声をかけてきたのは、
やたら背の低い女子。

同じく、クラスメイトの中原だ。




「あたしも、手伝ってもええかな?」


「えっ」


「あ、ほんなら中原さん俺の代わりによろしく!」


「えぇっ!?」




変な気を利かせた山下は、
自分の持っていたテントの端の部分を中原に渡すと、
したり顔でそそくさと別の持ち場に去ってしまった。





「な、なんか、ごめん、あいつ勝手に…」


「ううん!
あたしもちょうど橋本くんと話したかったし、ええんよっ」


「え…それってどういう」






その瞬間、ふと、背中の方に視線を感じ
振り返ってみると、

少し先の方で
ナオくんが友達と楽しそうに椅子を運んでいた。





…………見られた?

中原さんと話してるところ…。






「橋本くん? どうしたん…?」


「あ…いや…」


「知り合いなん?」


「あ、まぁ…うん」






ふぅん、と興味なさそうに頷かれるのを気にせず、
再びテントを広げ直して丁寧にたたんでいく。




どうせ言ったって、分からんやろうし。

てか分かってくれんやろうし。

相談できたらどんなにええやろ。




女の子なら、この気持ち
分かってくれるんちゃうかなぁとか
甘いこと考えたり。





「橋本くんは色白やけど、
やっぱこの時期は焼けるんやなぁ!」


「んー…まぁ、そうやね」





他愛もない話も無駄な時間に感じる。

オレはこれからナオくんの家に行くのに、
アンタと話してるのがもし見られていたら
なんか気まずい。

オレのことはどうでもええから
ナオくんの話聞いてや。





いろんな思いがぐっちゃぐちゃになる。

焦りと、楽しみと、イライラと。





テントの片付けが終わったらすぐ戻ろう。
もう残りも少ないし。





「ごめん、中原さん、
これ片付けたらオレ先に戻るわ」


「あ…、そっか。
今日もすぐ帰るん?」


「…分からん」


「……そっか…」






悲しい表情の中原さんに
何も感じないオレは心が冷たいのかもしれない。

そんなことよりも、
今のナオくんの気持ちを知りたい。

ただの友達であることは分かってるけど、
今日のたくさんの視線はなんだったのか。

どういうつもりで、
騎馬戦の時オレの名前を呼んでくれたのか。






テントをかたし終え、
中原さんに軽く挨拶をした後
既に人の少なくなった運動場を通過して
教室に繋がる渡り廊下を歩いた。






「ヒイロ」







待ち望んでいた声にハッと息を飲み、
期待と不安で震える心臓を少しでも落ち着かせるために

ゆっくりと後ろを振り返った。