私は残ったドーナツを口に入れる。おいしくない。期間限定のもので、可愛いくて、普段は幸せを届けてくれる存在のはずなのに……。

心に今あるのは、悲しみという単純な感情。恋のような複雑な感情はどこにもない。その感情に浸っているうちに、彼から貰った温もりも声も忘れてしまいそう。

「……」

ドーナツ屋さんに広がる甘い香りが、毒のような気がする。私から感情を奪っていく。傷はズキズキと痛んでいるのに、涙は未だにあふれてもこない。私の心は、どうしちゃったんだろう。

「もう行かなきゃ……」

かばんを手にし、ドーナツ屋さんを出る。コツコツとブーツの足音が道に響く。

ドーナツを食べている人たちは、何も考えずに食べていると思う。でも、失恋した時はドーナツのあの穴が虚しさを伝えてくる。

「……いつになったら、泣けるの?」

鼻の中に、いつまでも甘い匂いが残っている。口の中に、ドーナツの味が残っている。

私は立ち止まり、今にも雨が降り出しそうな曇天を見上げた。