眠れる森の美女に憧れていた。


ただ、私が思い描く物語は少し違っていた。


王子はキスをするも全てが手遅れで姫は永遠に目覚めることは無い。

そんな物語だった。


そして王子は自分自身に絶望し残りの人生を生きていく。


姫は森の中で永遠に眠りにつく。若さと美貌を永遠に保ったままで。


そんな物語を心に抱いていた。





彼女が亡くなってから一周忌が経った。


「早いな、もう一年か」


彼女はモデルをしていた。スタイルも良く一緒に歩いていてよく羨ましがられた。


彼女と一緒に撮った写真を見た。僕には不釣り合いすぎるくらいの美しい笑顔だった。右手に金のブレスレットが光っていた。


自殺だった


飛び降り自殺


原因や動機は未だに分かっていない。


「一緒に撮った写真を写真立てに飾っておいて欲しい」


彼女は生前そう言っていた。


「スマホ時代に普通の写真立てとか……彼女らしいというか……」


スマホから着信音が鳴った。

友人の真也からメッセージが届いていた。

合コンのお誘いだった。


先輩が合コンの人数集めをしているんだけど。お前もこないか?


僕は


乗り気じゃない。行かないかも


と返した

すると


なんでだよ。絶対楽しいって


と返ってきた。


こいつなりに心配してくれるのは分かる

ただ


「変に気を使われると逆にこっちがしんどい」

僕はつぶやいた


メッセージには


考えておくよ。ありがと


と返して僕はスマホをベッドの上に置いた。


次の日


真也とバッタリ街中で出会った。


「よう久しぶり!」


「昨日メッセージのやりとりしただろ。一週間前に会ったばかりだし」


「そうか、じゃあちょっと飲むか!」


真也は言った。強引だ。


「絶対合コン行った方が良いって!」


真也は繰り返し言った。


「行くだけ行ってみ?行かないと絶対後悔するって!」


本気でしつこい。


「俺も一緒に行くからさ!行こうぜ!」


「あんまり気分じゃない」


「行くと絶対楽しい気分になれるって。気分転換だと思えよ。気分転換」


「あーもう……」

「分かった。分かった。行くよ」


僕は言った。無下に断れなかった。こいつの言うとおりなにかのきっかけになるかもと思った。


「それじゃ、カンパーイ!」


夜はふけていった。


合コンの日、真也は来なかった。代わりに別の男性が来ていた。


合コンは5対5でスタートした。


お互いの自己紹介、ゲームなどしたりして盛り上がっていた。


僕には一人だけ気になる人がいた。その場に。

なんだろう……


似ている。一年前に亡くなった元彼女の智美に。

顔立ちはそんなに似ていないが、喋り方のクセ、ファッションのセンスや、メイクなど


全体的な……なんだろう雰囲気みたいなものが似ている。


彼女は席を移動してきて自ら僕の隣に座ってきた。


「飲んでますか?」


「飲んでるよ。いつもより少しだけどね、飲んでる?」


「私もう酔っ払っちゃって……こういう場所よく来るんですか?」


「合コン?そんなにしたことないよ。本当久しぶり」


合コンなど数えるくらいしかしていない。元彼女の智美とは高校のクラスメートだった。合コンで知り合った訳ではない。ちなみに友人の真也も同級生だった。


「私こういう場所実は苦手で……独特のノリというか、みんなテンション高すぎて……」


「それ分かるかも」


二人して笑った。

実は僕もこの独特のノリは好きじゃなかった。


僕はしばらく彼女と話した。話が合う気がした。僕たちは連絡先を交換した。


合コンは終わり彼女たちはタクシーで帰っていった。


「連絡してください!」彼女は別れ際にそう言った。


僕は「うん」とうなずいて笑った。


後日


「この前の合コンどうだった?」

真也は言った。


「てかな、お前来てなかっただろ」


「誰かゲットしたか?」


「人の話聞かない奴だよな……ゲットってなんだよ、してないよ」


「じゃあなんの収穫もなし?」

真也はガッカリそうな顔で言った。


「……連絡先交換した子がいる……」


「え?え?え?どんな子?どんな子?」


「榎本紗絵って子で結構キレイ目の……」


「榎本紗絵?どっかで聞いたことある気が……」


「てか、お前の知り合いじゃないのか?お前の紹介で来たと思ってた」


「いや違うよ知らない子、全然知らない子」


真也は続けて言った。


「で、連絡してんのか?」


連絡は……実はあまりしてなかった。合コンの次の日少しメッセージを送りあったがそれきりだった。


「いや、そんなにしてない」


「なにやってんだよ!遊びに誘えよ!」


「待てって、あせらすなよ」


僕には僕のペースがある……しかし押しの強さに負けて僕は連絡することにした。


今度ご飯にいかない?


僕はメッセージで軽めにジャブを打った。

軽めの、しかし精一杯の……


返信は……



「ありがとうございます。誘ってくれて」


レストランで僕たちは食事をしていた。


「仕事ですか?病院で働いています。看護師です。だから結構勤務が不規則で……肌が荒れちゃって」

彼女は笑った。


やはり似ている。照れるように笑うところなんかそっくりだ。


「どれくらい前から彼女いないんですか?」彼女は聞いてきた。


「一年前くらいに別れたんだ」


「どんな人だったんですか?」


なぜそんなことを聞くんだろう。僕は少し考えてから言った。


「忘れた」

笑って言った。


「え?男の人って忘れちゃう生き物なんですか?男の人って前の彼女のことずっと覚えてるって聞いたんですけど、名前をつけて別に保存だって」


「保存出来なかったんだよ。ファイルが壊れちゃったから」僕は笑った。


彼女は不思議そうな顔で考えている。

「どういう意味ですか?」


「結構酷い方法で別れを切り出されちゃって。あまり思い出したくないんだ。だから、もう勘弁してよ」僕は笑った。


僕たちは何度かデートした。


そして付き合うことになった。


「家に行ってもいいですか?」

彼女は言ってきた。


「え?うん。いいよ。来る?」

「どうぞ。結構散らかってるけど」


「わぁ、結構綺麗にしてるんだ。なんだか……あなたの香りがする……」彼女は笑って言った。


彼女は部屋のいろんなとこを見ていた。


僕は彼女に気づかれないように、元彼女との写真立てを倒した。


「適当なとこに座って、お腹すいたよね。なにか作るよ」


「私も手伝う」


僕と彼女は一緒に料理を作った。


料理を食べ終わり僕が洗い物をし、そして彼女がいたリビングに戻ると


彼女は僕が倒していたハズの写真立ての写真を見ていた。


「ごめんなさい」彼女は言った。


「え?うううん」僕は答えた。


見られて困ることではない。だけど気まずい空気が流れた。


「ねぇこの洋服なに?」気まずい沈黙を彼女が打ち破った。


「それは……」

女性ものの服だった。部屋に吊っていて、しまうのを忘れていた。


それは亡くなった元彼女と一緒に買いに行った服だった。彼女がどうしても欲しい服があって僕もそこに連れてこられんだった。


なぜか僕からプレゼントして欲しいみたいだった。

だが、僕がそのプレゼントを渡す前に彼女は亡くなった。


「ねぇ、これ誰の服?」


「ん……これは……」僕は答えられなかった。


服を広げながら彼女は姿見でその服を合わせていた。


「ねぇこれ着てみていい?私この服似合うと思う」


「ん……いいよ」


「じゃあ、着替えるとこ……」


「ああ……僕向こう行ってるよ……」


僕はリビングから離れた。


しばらくすると彼女から。


「どうぞ」と声がした。


僕は入った。


そこに彼女は服を着替えていた。


「どう……かな……サイズが少し小さいけどちょうどいいと思う」


ハッとした

まるで亡くなった智美の生き写しだった

美しかった


「似合ってる?」彼女は微笑んだ


「ああ……似合ってるよ……」


「ありがと」彼女は微笑んだ。


彼女は服を触りながら楽しそうにしていた。


そして姿見で自分の姿を見ていた。


僕は……


「家まで送るよ」


「えっ?」

彼女は目を丸くさせて驚いた。


「どうしたの?急に」


「いや」


「ひょっとして怒ってる?」


「いや、怒ってないよ」


「ごめんなさい」


「謝ることじゃない。その服は君にあげるよ」


「……」


彼女はうなだれていた。


僕は彼女を車で家まで送ることにした。二人とも終始無言だった。


「ありがと。送ってくれて」

彼女は車から降りると僕の方を見た。

彼女の目は涙で濡れてるように見えた。


「じゃ……」僕は車を出した。


次の日、彼女からメッセージが届いた


昨日は本当にごめんなさい。服はクリーニングに出して返します。


大丈夫。その服本当にいらないんだ。だからあげるよ。


でも……


いいんだ


また会ってくれますよね?


僕は返事をしなかった。



「いま付き合ってる彼女とはどうなったんだ?」

電話口で真也はいきなり聞いてきた。


「ん……」僕は答えられなかった。


「上手いこといってる?」


「微妙かも……」


「どうしたんだよ。何があった」


「この前、彼女が智美の服を着たいって言って……」


「うんうん」


「で、着たんだ」


「うん、それで?」


「それで……ダメだった」


「ダメってなんだよ。全然似合ってなかったのか?」


「似合ってた。綺麗だった」


「だったら良いじゃん」


「それが似合いすぎてた。彼女は智美に雰囲気が似ていて……智美が蘇ったみたいに見えた」


「んん……」直也はくちごもった。


「智美が生きてるみたいで……それが……それが……」


やっとの思いで言った。

「まるで彼女といると智美との思い出が塗り替えられてるみたいで……」



「うん……智美ちゃんはもう亡くなったんだ。その子は智美ちゃんじゃないんだぞ?」


「分かってる。でもあまりに似ていて」


「お前いつまで……ちゃんと連絡はしてんのか?」


「また会いたいってメッセージが来たけど、返してない」


「お前無視は良くないぞ。ダメでもオッケーでもちゃんと返してあげた方がいい」


「うん……」


僕は彼女からのメッセージを返すことにした。



「この前はホントごめん!」


彼女は両手を拝むように合わせて頭を下げた。


僕たちは喫茶店で話していた。


「この前の服ちゃんとクリーニングしたから!」


彼女は服を紙袋に入れて僕に渡してきた。


「あなたの部屋に入ったらなんだか舞い上がっちゃって!」彼女は笑った。


その笑みは……智美の笑みだった。

まるで彼女の背後に智美の姿が見えるみたいだった。


彼女は喋り続けた……僕はなにも耳に入って来なかった。


僕は……


「別れて欲しい」言った。


「え?」彼女の動きが止まった。


「ごめん」


「え?なんで?」


「ごめん」


彼女は茫然自失としていた。


「ごめんなさい。私がワガママだったから」


「いや、そうじゃないんだ」


「じゃあどうして?」彼女は聞いた。


「君が……」


言葉が出なかった。だけど切り出した。


「君が前の彼女に似ているから」


「あの写真立ての……」


僕はうなずいた。


「そんなに似ていた?」


再度、僕はうなずいた。


「君といると智美を思い出して……苦しくて……」

「だからゴメン」


しばらく沈黙が続いた。


「そっかぁ……良い人だったんだね……その前の人」


僕はなにも答えなかった。


「これ」


彼女は右手を見せてきた。


「ゴールドのブレスレット買ったんだ。あなたに似合ってるって言って欲しくて」


彼女の右手には細身のゴールドのブレスレットがあった。


僕はなにも答えなかった。


彼女は僕を見て悲しそうに笑った。


「それじゃ、バイバイ」


彼女は店から出ていった。


僕は喫茶店に一人取り残された。


僕は家に帰った。


部屋がいつもの部屋なのになんだか妙に広い感じがした。


正しかったんだろうか?と思った。

別れを切り出そうと思って会った訳じゃない。

もっと彼女を傷つけない方法があったんじゃないか?


そう思えた。


だけどそうはしなかった。


前の彼女に似てるという理由だけで別れを切り出した。


「ゴメン」僕はベッドに横になり少し泣いた。


僕は写真立てをチラリと見てそれを取った


二人仲が良さそうに映っていた。


「この写真もいつまで置いてんだよホント」僕は少し泣いた。


写真の中で彼女は笑いながら右腕を回していた。手首にはゴールドのブレスレットをしていた。


「あれ、これどこかでみたことある気が……」


しばらく考えてると


「あっ…」

気がついた。


このブレスレットは紗絵がこの前していたブレスレットと全く一緒だった。


「あれ?なんで同じブレスレットをしてるんだろ」


僕は考えた。紗絵のブレスレットを見せたあとの悲しそうな表情が目に浮かんだ。


そして真也の「榎本紗絵?どっかで聞いたことあるなぁ」という言葉を思い出した。


そうだ


「僕もどこかで……」


僕は本棚にしまっていた卒業アルバムの名簿を小学校から全部見直した。


そして高校の卒業アルバム……


「あった……榎本紗絵」


「別のクラスだったんだ。今と印象が全然違うから分からなかった」


気づかなかった。学校でもほとんど関わりがなかった。


そしてハッとした。


「智美が亡くなったときも、同じ金のブレスレットをしていた……」


すぐに僕は紗絵にメッセージを送った。


大丈夫?今なにしてる?


返事はなかった。


僕は部屋を飛び出した。


走りながら考えた。なぜ、彼女が智美と同じブレスレットをしているのだろうか、と。



私は屋上に立っていた。


眼下には下からスマートフォンでこっちを撮っている人達が大勢いた。


屋上にも私が飛び降りるのを待ってるのか


スマートフォンのカメラをこっちに向けている人がいる。


風が強く吹き飛ばされそうだった。初めて屋上から地上を見たときあまりの高さに足が震えた。


そろそろ警察が来るだろう。そう思った。早くしないと。



智美さんが亡くなったとき私はそばにいた。正確には緊急搬送先の病院にいた。


智美さんは救命治療を施されたが、病院についた頃にはもう亡くなっていた。


まさかこんなところで再会するなんて思ってもみなかった。


「本当キレイな顔」


同僚の看護師は智美さんの亡くなった顔を見て言った。


「美人って亡くなっても美人ね」とその看護師は言った。


その看護師が立ち去ったあと、私は智美さんの顔をみた。


美しかった。


とても。


「ほんとキレイ……」私はつぶやいた。


四肢の欠損もなかった。


右手に金のブレスレットをしているのが見えた。


私は


幼いころから眠れる森の美女に憧れていた。


王子様の口づけでも永遠に目覚めないお姫様。


それが私の理想だった。


その理想の姿が目の前にあった。


「ズルい……」私はつぶやいた。


「美人って亡くなってもキレイって言われ続けるんだ」


私は……


一度も言われたことがなかった。


産まれてから今まで一度も、美しいなんて。


高校時代、智美さんは私の憧れだった。スタイルも良くキレイで明るく活発だった。


そして憧れのカップルだった。


二人で一緒に帰っているところを遠目に見ていた記憶がある。


何度かすれ違った。智美さんは優しく挨拶をしてくれた。笑顔が素敵だった。


智美さんが亡くなった後、私は友達づてに智美さんのSNSの写真、動画を求めた、そして見せてもらった。


まだアカウントが残っていたフェイスブックやインスタグラムも全部見た。


そして真似た。


笑い方、ファッション、表情、すべてを。


私は智美さんの元カレが合コンに来ると知った。私は先輩に頼んで合コンに参加することにした。


そしてあの人と出逢った。


「紗絵!」


後ろで大きな声がした。彼だった。警察もそばにいた。


「紗絵ごめん!気づかなかった。気づかなかった。ごめん!」


「君とは同級生だったんだね。同じ学校の。智美のことも君は前から知ってたんだね」


「こっちに来て話そう!全部話してほしい!」


私は返事をしなかった。


下には車があった。


「あそこに落ちたら綺麗に死ねるかな……」


「グチャって潰れちゃうのは嫌だな……でも仕方ないか……」


私はつぶやいていた。


私の頭の中にずっと一つのものが支配していた。


一つのイメージだった。


それは壊れた人形だった。


小さい頃人形遊びが好きだった。

ある日遊んでいたら、わんぱくな男子にそれを取り上げられマンションの高くから落とされた。

人形はバラバラになった。


私は泣いた。おばあちゃんに泣きついた。

「可哀想にね。辛かったね。おばあちゃんが直してあげるからね」

おばあちゃんは接着剤を使い直してくれた。


私は壊れた人形がもとに戻るのだと知って喜んだ。

「おばあちゃん、ありがとう!」


私は友達に直った人形を見せに行った。

友達に笑われた。


「それ直ってないよ」

「ここ欠けてるじゃん」

「新しいの買ってもらったら?」


「おばあちゃん嫌い!人形直ってないじゃん!」


私はおばあちゃんに壊れた人形を投げつけた。

そして母に泣きながら新しい人形をせがんだ。


おばあちゃんは辛そうだった。

「紗絵。ごめんね。お人形さん直ってなかったね。」

そして人形の接着部位にリボンをつけて私に渡した。

「これでどう?紗絵?」


私は気に入らなかった。その人形を投げ捨てるとおばあちゃんから離れた。


壊れた人形は直らなかった。


「紗絵!」彼の声だ。


「聞いてほしい!僕が智美を殺したんだ!」


私は一瞬ハッと彼を見た。


「智美は子供の頃のトラウマを抱えていた。それは口に出せないようなおぞましいものだった」


「彼女は僕にだけ話してくれた。だけど僕は受け入れることが出来なかった。彼女の暗い姿を見ることが出来なかった。そして言った」


「元気出せって」


「彼女は一瞬暗い顔をしたけど、またいつものような明るい彼女に戻った。僕はホッとした」


「そして彼女は死んだ」


「ごめん!僕が間違っていた。本当の君を見てなかったんだ!もう一度やり直そう!今度は本当の君を受け止められるように頑張るから」


「君が好きな音楽や、君の好きな映画、君の好きなもの、君の嫌いなものも全部知りたいんだ。だからこっちに来て話をしよう!お願いだから!」


彼は言った。


やっぱり優しい人だった。


だから


「死ななくちゃいけない」

「その優しさがなくなる前に」


そうだ。王子様が来る前に眠らなければならない。永遠に。


私は飛び降りるのが遅すぎた。


「私は……」


私は後ろを振り返った。


そして彼を見た。


そして、力尽きた鳥のように手を広げて


落ちた



暗闇の中に私はいた。


多くの人の騒音が耳に入った。


目を開けると


彼がいた


泣いていた


「目を覚ましました!」彼が言った。


救急隊員らしき人が


「君大丈夫?」と大声で身体をタップしてきた。


「返事できる?」


「はい……」


「お名前は?」


「……榎本紗絵です」


「今日何日か分かる?」


「今日は……」私は答えた。


「受け答えはっきりしています。屋上から落下した際に全身、特にに背部を強く打った模様」


「今22階にいます。ストレッチャー持ってこれますか?」


携帯電話で誰かと話をしていた。


彼を見た。泣きながら微笑んでいた。


私は聞いた。


「あなた……キスした?……」


「ん?いやしてないよ」

彼は笑って言った。


「屋上から少し下の階に警察の人がいて、君を受け止めてくれたんだ。段差みたいになってて」


「クッションがあったとは言え2、3メートルくらいの高さを落ちたから全身を強く打ってる。痛いハズだよ」


言われた通り全身が痛かった。


「私は……綺麗なまま死にたかった」

私はつぶやいた。


「醜くて年老いてバカにされて孤独に死んでいくのが嫌だった」


「良いじゃんおばあちゃんになって。おばあちゃんは嫌い?ここに居る全員あと何十年かしたら全員おじいちゃん、おばあちゃんだよ」


彼は笑って言った。


「きっと」

「綺麗なものしかない世界は汚い世界なんだ」

「綺麗なものも汚いものもみんな綺麗なんだ」

彼は笑っていた。


私は思い出していた。


おばあちゃんは病院のベッドで寝ていた。

「ごめんね紗絵。お人形さん上手く直せなくて」


おばあちゃんはそう言った。

私は泣いていた。おばあちゃんが亡くなると分かっていたから。


おばあちゃんは私に人形を手渡した。あの時の壊れた人形だった。


「紗絵。ごめんね。おばあちゃんバカだから嫌な思いさせちゃって」


私はなにも答えなかった。


「紗絵……!」母親が回答を急かした。


私は言った

「おばあちゃん、ありがとう」


おばあちゃんは微笑んでいた。


私は


その時自分がどんな表情をしていたのか覚えていない。



目の前に彼の顔があった。


泣いていた。


「もうすぐ救急車に乗れますから、ちょっと待っててくださいね」救急隊員は言った。


私は


眠れる森の美女になりたかった。


永遠に美しく目覚めることのない美女に


だけど私は


「美女じゃなかった……だから私は……」


彼がキスをした。


二つの涙が一つに流れた。


身体の痛みが和らいだみたいだった。


彼の唇は懐かしい味がした。


ストレッチャーが来た。


「乗れますか?」救急隊員が言った。


彼は私の手を引きストレッチャーに載せた。


「一緒に救急車に乗りますか?」

救急隊員は彼に聞いた。


「はい、一緒に行きます」彼は答えた。