紗良は中学卒業後、大学附属の女子高に進学していた。大学は英文科、サークルは英会話サークルという英語漬けの学生時代。サークルの交流で知り合った竹内雅人(たけうち まさと)という2つ上の男性と、社会人になった今もつきあっている。雅人は、笑顔がチャーミングでちょっと童顔なので、一緒にいても同い年くらいにしか見られない。でも、意外としっかり者で頼りがいがある。

紗良の勤務先は、飯田橋にある外資系製薬会社だ。シャンプー、コンディショナーや化粧水、乳液なども扱っている大企業である。「外資系」と言うことで、英会話力を使えるかな、と思ったのだが、外国人は支店長1人。もちろん、テレビ会議などは英語で行われるが、紗良レベルの社員が参加するものではない。ただ、社内メールはすべて英語だし、所属する経理部の文書は全て英語。気が抜けないけれど、やりがいがあると紗良は思っている。

いつもどおり、残業で7時過ぎに会社を出る。

「お疲れさまです、お先に失礼します」

「はい、田中さん、お疲れ」

と部長と課長が言う。

総務部の前を通って挨拶をすると、岡島実(おかじま みのる)と言う総務部の男性に声をかけられた。

「田中さ~ん!田中さんって、もしかして練2中出身?」

「えっ・・・」

「違ったらごめんだけど。紗良って割と珍しい名前だろ?僕の彼女、(ねり)2中53期の3-Dの卒業生なんだけど」

(えっ・・・誰だろう?あたしと同じクラスだ)

「名前、聞いてもいいですか、彼女さんの」

木村芽衣(きむら めい)だけど・・・。覚えてる?」

「えっ、芽衣ちゃん?懐かしい。会いたいなぁ」

「よかったら、今度ダブルデートしないか?あ、彼氏、いるって噂だけど」

(きゃ~!噂になってたんだ)

「はい、学生時代からのつきあいで・・・」

「じゃ、ぜひ。あっ、詳しいことは芽衣と決めて。会社じゃ、なにかと話しづらいから。これ、芽衣の番号」

付箋に、「0〇0ー22〇〇―54〇〇」と書いてあるものを渡された。

「ありがとうございます。連絡してみます。お先に失礼します」

「お疲れ~」

あれから、10年たつのか、もう。芽衣ちゃんはいつも、今井くんのそばで笑ってた。芽衣ちゃんとは特別仲が良かったわけじゃないけど、彼女はすごく人懐っこくて、あたしみたいな消極的・・・って言うか気の弱い子にも、分け隔てなく話しかけてくれてた。でも、芽衣ちゃんがあたしのこと覚えてくれてたのは、正直意外。

外に出ると、桜の花が街明りに照らされて、浮かび上がっていた。5分咲き、と言ったところだろうか。卒業式のあの日も、桜はこんな風だったっけ。練2中~練馬区立練馬第二中学校~3年D組のクラスメイトで今でも交流があるのは3人くらいしかいない。他のみんなはどうしているのだろうか。遠い過去に想いを馳せた。今井くん、元気でやってるかな。