「そんな可愛い顔で見つめられたら、眠れないわよ」
「いいの。寝て。眠る業平を見たいから」

全裸で寝るはずの業平は、今日は服を着ている。
真っ黒な隈を付けて、何度か私に口を開きかけたけどあきらめた様子で目を閉じた。

「分かったわ。じゃあ、眠る」
「うん。おやすみ」


両肘をついて、業平の目が閉じるのを覗き込んだ。

本当に眠たかったのか、すぐに寝息が聞こえてくる。

「業平?」
返事がしない。私がいなくなって、眠っていなかったという言葉が本当だったのだと知って申し訳なくなる。

目の前で片手をぶんぶん振ってみたが反応はない。
振っていた手で、高い鼻をツンツンしても動かない。

濡れたように輝く唇を触ると、保湿クリームでも塗ったのか、少し指先が濡れた。

「業平……」


『麻琴さんは気づいていないけど、俺を汚したいと言ったけど虹村社長には』

業平には?
業平の隣は安心するし、いい匂いもするし、魔法が解けると男性だってわかるよ。


ふにふにと唇をもてあそんだあと、その唇に自分の唇を押し付けた。

王子様。

玉の輿。

好きな人。

汚したい。

嬉しい。

抱きしめたい。

幸せになってほしい。

私ではなくて、誰かと。


色んな単語がぐるぐるする中、眠っている業平の唇に押し付けた傲慢で一方的で浅はかな思い。

言葉にできない、きっと誰にも理解できない、自分にも理解できない気持ちを、押し付けて隠す。

そんなざわざわした夜。嵐のように感情が湧き上がってはとけていく一日だった。