「ささっ、こっちこっち」
騎士に案内されたテーブルには、男がひとり突っ伏していた。その深緑の髪に、見覚えがある。
「まさか、バルドさん?」
「んんっ……この声は……雪、か……」
気怠げに上半身を起こした彼は顔が赤く、完全に目が据わっている。
「お待たせいたしましたー」
そこへ女性店員がやってきた。テーブルに木製のジョッキを置き、「ご注文、お間違いないですか?」とバルドさんを見る。その瞬間、店員の表情が凍りついた。唇をわなわなと震わせて後ずさり、勢いよくこちらに背を向けると店の奥へ消えていく。
なんだったの、今の。
私が呆気にとられていると、一部始終を目撃したらしい他の騎士たちが一斉に吹き出した。
「また怖がられてんな」
「団長は目つきが悪い上に、傷痕が余計におっかねえからな」
「軍服と鎧を着てなけりゃ、ならず者と間違われる!」
騎士たちは遠慮なく上司をからかっている。
どっと沸く笑い声に交じって、隣からため息が聞こえた。仲間からならず者呼ばわりされた彼は、哀愁漂う背中を丸めてジョッキを引き寄せる。
「町の子供に泣かれたこともある。俺の見てくれは魔物かなにかに見えるのだろうな。目が合っただけで悲鳴をあげられ、道を歩くだけで誰もが恐怖に慄いた顔で避けていく始末だ」
やけ酒とばかりに、バルドさんはジョッキを勢いよく傾ける。
私は助けを求めるように騎士の皆を見たのだが、誰も止める気はないらしい。むしろ「もっと飲めー!」と煽り、この状況を楽しんでいる。
もはや彼らは頼れない。そう悟った私は、バルドさんにとことん付き合うつもりで隣に座った。手近にあったジョッキを手に取り、彼のジョッキにも軽く当てる。
「乾杯」
「あ、ああ」
「で、バルドさん、なんでやけ酒を?」
本当には飲めないので、形だけ飲むふりをして尋ねる。
すると、あまり触れられたくないことだったのか、バルドさんはぎこちなく「ああ、いや……」と言いながら、何回もジョッキに口をつける。それを何度か繰り返して、ようやく気持ちが落ち着いたのだろう。
「実は、自分の行く末について悩んでいた」
ぽつりと、本音をこぼしはじめる。
「俺はもともと、ローレンツ伯爵家の嫡男でな。本来であれば家督を継がねばならない。だが、社交界でダンスを踊り、シャンパン片手に、常に相手にどう見られているのかを気にしながら貴族同士で交流を図る。そういう世界が肌に合わなかった」
バルドさんの視線はテーブルに落ちたまま、動かない。その思いつめたような顔を横目に、私は相槌を挟むことなく耳を傾けた。
「無理を言って弟にローレンツ家を継がせ、騎士の道に進んだ俺を皆は異端児だと軽蔑していた。だから、皆に認めてほしい一心で騎士団長まで上り詰めたんだが……」
バルドさんは自身の右目に、縦に刻まれた傷跡を指先でなぞる。その諦めにも似た瞳が気になった。
「昔負ったこの傷のせいで、利き目だった右目の視力が年々落ちてきている。今はぼんやりとしか、物を見ることが叶わん」
「えっ、全然気付きませんでした……」
「そういう素振りは見せないようにしていたからな。だがいずれ、これまでのように剣を振るうことはできなくなるだろう。そうなれば、陛下にも仲間にも面目が立たない。だから、身の振り方を考えてはいるんだが、伯爵家に戻る自分も想像できん」
つまり、可能なら騎士として生きていきたいけど、最高のパフォーマンスができないくらいなら引退するべきだと考えているということだろうか。
騎士に案内されたテーブルには、男がひとり突っ伏していた。その深緑の髪に、見覚えがある。
「まさか、バルドさん?」
「んんっ……この声は……雪、か……」
気怠げに上半身を起こした彼は顔が赤く、完全に目が据わっている。
「お待たせいたしましたー」
そこへ女性店員がやってきた。テーブルに木製のジョッキを置き、「ご注文、お間違いないですか?」とバルドさんを見る。その瞬間、店員の表情が凍りついた。唇をわなわなと震わせて後ずさり、勢いよくこちらに背を向けると店の奥へ消えていく。
なんだったの、今の。
私が呆気にとられていると、一部始終を目撃したらしい他の騎士たちが一斉に吹き出した。
「また怖がられてんな」
「団長は目つきが悪い上に、傷痕が余計におっかねえからな」
「軍服と鎧を着てなけりゃ、ならず者と間違われる!」
騎士たちは遠慮なく上司をからかっている。
どっと沸く笑い声に交じって、隣からため息が聞こえた。仲間からならず者呼ばわりされた彼は、哀愁漂う背中を丸めてジョッキを引き寄せる。
「町の子供に泣かれたこともある。俺の見てくれは魔物かなにかに見えるのだろうな。目が合っただけで悲鳴をあげられ、道を歩くだけで誰もが恐怖に慄いた顔で避けていく始末だ」
やけ酒とばかりに、バルドさんはジョッキを勢いよく傾ける。
私は助けを求めるように騎士の皆を見たのだが、誰も止める気はないらしい。むしろ「もっと飲めー!」と煽り、この状況を楽しんでいる。
もはや彼らは頼れない。そう悟った私は、バルドさんにとことん付き合うつもりで隣に座った。手近にあったジョッキを手に取り、彼のジョッキにも軽く当てる。
「乾杯」
「あ、ああ」
「で、バルドさん、なんでやけ酒を?」
本当には飲めないので、形だけ飲むふりをして尋ねる。
すると、あまり触れられたくないことだったのか、バルドさんはぎこちなく「ああ、いや……」と言いながら、何回もジョッキに口をつける。それを何度か繰り返して、ようやく気持ちが落ち着いたのだろう。
「実は、自分の行く末について悩んでいた」
ぽつりと、本音をこぼしはじめる。
「俺はもともと、ローレンツ伯爵家の嫡男でな。本来であれば家督を継がねばならない。だが、社交界でダンスを踊り、シャンパン片手に、常に相手にどう見られているのかを気にしながら貴族同士で交流を図る。そういう世界が肌に合わなかった」
バルドさんの視線はテーブルに落ちたまま、動かない。その思いつめたような顔を横目に、私は相槌を挟むことなく耳を傾けた。
「無理を言って弟にローレンツ家を継がせ、騎士の道に進んだ俺を皆は異端児だと軽蔑していた。だから、皆に認めてほしい一心で騎士団長まで上り詰めたんだが……」
バルドさんは自身の右目に、縦に刻まれた傷跡を指先でなぞる。その諦めにも似た瞳が気になった。
「昔負ったこの傷のせいで、利き目だった右目の視力が年々落ちてきている。今はぼんやりとしか、物を見ることが叶わん」
「えっ、全然気付きませんでした……」
「そういう素振りは見せないようにしていたからな。だがいずれ、これまでのように剣を振るうことはできなくなるだろう。そうなれば、陛下にも仲間にも面目が立たない。だから、身の振り方を考えてはいるんだが、伯爵家に戻る自分も想像できん」
つまり、可能なら騎士として生きていきたいけど、最高のパフォーマンスができないくらいなら引退するべきだと考えているということだろうか。


