【最新版】異世界ニコニコ料理番~トリップしたのでお弁当屋を開店します~

「これからどうしようって悩んでたときに、この世界に来たんだ」


 声が震える。呼吸が重くなるのを感じたとき、エドガーが拳を握り締めたのが見えた。


「エドガー?」


 不思議に思って名前を呼ぶと、エドガーの手が躊躇いがちに私の後頭部に回る。

「え……」


 一瞬、自分がなにをされたのかが理解できなかった。優しく抱き寄せられている。それも、人間不信を病的なまでに拗らせているエドガーに。そのぎこちない仕草と、彼の胸から聞こえてくる規則正しい鼓動に段々と、さざ波立っていた気持ちが落ち着いてきた。


「でもね、うじうじ悲しんでるのは嫌なんだ。お母さん、『人生一度きりなんだから、くよくよして俯いてばっかりいたら損』、が口癖だったし」


 エドガーは励ましたり、共感したりはせず、静かに私の話を聞いている。それがかえって、ありがたかった。


「いつ死ぬかわからないんだから、私もお母さんみたいに人生楽しむだけ楽しみたい。時間なんて、あっという間に過ぎ去っていっちゃうんだし、落ち込んでる時間なんてないもんね」

「……そういう前向きなとこ、雪のいいところだと思う……けど、ふとした瞬間に母君のことを思い出して、悲しくなるのは当然……だから、その……無理に泣くのを我慢しなくていい、と思う」


 たどたどしいのに、なんでこうエドガーの言葉は心にすっと入り込んでくるのだろう。目の奥が熱くなって、ぽろっと涙の粒がエドガーのベストに落ちる。

 すると、普段ならおどおどして絶対に自分から誰かに触れたりしないエドガーが、子供をあやすように私の頭を撫でた。

 それに、トクンッと心臓が脈を打つ。

 なんだろう、この気持ち。エドガーのギャップにときめいた? いや、いやいやいや、そんなまさか。

 それはないだろうと軽くかぶりを振っていたら、穏やかな声が頭上から降ってくる。


「雪はいつか、自分のいた世界に帰るの?」

「今は、帰りたくない」


 自分でも驚くくらい、はっきりそう答えていた。私はエドガーの白衣を握りしめ、顔を上げる。


「帰ったところで、私の居場所があるのかもわからないし。なにより、この世界にはどんな国があって、どんな人たちがいて、どんな食べ物があるのかとか。考えるとわくわくするんだ。だから、もっともっとこの世界のことを知りたい。今はその気持ちに従ってみようと思う」

「……なら、帰りたいと思う日が来るまで、この世界で母君との約束を果たしたらいいんじゃない……かな」


 その提案は予想していなかった。私が「え?」と目を瞬かせていると、エドガーのやる気がみなぎった瞳に出会う。

 エドガー、こんな顔もするんだ。

 無気力がスタンダードの彼が見せる新たな一面に目を奪われていたら、長く骨ばった指先が伸びてきて軽く私の下瞼を拭っていった。