*
「ザッキー、どうしたん?」
「前田さん。別に何もないですよ」
私に「ザッキー」というあだ名をつけた張本人である、
前田聡さんが私の顔を覗き込んだ。
「嘘だ。だってさっきからもう、ため息35回目だぜ」
「なっ、数えてたんですか?」
「へへ。うっそー。
でも数えてないけど、ため息多いぞ?
なんかあったん?」
「ちょっと、疲れていて……」
愛想笑いでそう言うと、前田さんは腕を組んで私を見つめ、
それから私の手を引いて立たせた。
首を傾げていると、そのまま引っ張られる。
黙ってついて行くと、資料室へと押し込まれた。
「ま、前田さん。仕事しないと」
「いい。俺が許す。こっちのが先だろ。
で、何があったん?」
前田さんはとても面倒見がいい。
私の仕事も率先して手伝ってくれるし、
いつもみんなを見ていて、小さな変化に気付く。
笹野さんが彼氏に振られて落ち込んでいるのも見抜いたし、
吉田さんが人に騙されたことも見抜いたし、
部長が子育てに疲れていることも気付いていた。
よく人を見ている人なんだと思うけれど、
まさか私のことまでも分かるなんて。
まだ1か月しかいないのに。
「実は、旦那が事故に遭って……
記憶喪失になってしまったんです」
「えっ?記憶喪失?」
顔をしかめる前田さん。
そうだよね、記憶喪失なんて滅多にないことだもんね。
私だって、まさか仁がそうなるなんて思わなかったもん。
前田さんは私の肩を掴んで顔を覗き込んだ。


