「私、は……」
「うん」
「そ、その。みょ、苗字……」
そこまで言いかけて押しとどまる。
今日お付き合いを始めたばかりで、
いきなりこんなことをお願いするのは気が引ける。
でも、彼は言うまでこのまま私を追いやっていくだろう。
もうどうすればいいの?
「君が言いたいことをなかなか言えないっていうのは
長所でもあり短所でもある。
そのうち変えていかないとね。
今回は許してあげるよ。
でも、次はないからね。分かった?奏音」
ふいに呼ばれたことで体が一気に熱を帯びる。
自分の名前がくすぐったく感じた。
自分で願ったことなのに、頭が追いついていかない。
今、「奏音」って呼んだ、よね?
神崎さんが私の下の名前を知っていたことに驚いた。
「本当はお願いしてほしかったんだけどね。
しょうがない。
でも、君のお願いを聞いたんだ。
今度は俺の言うこと、聞いてもらうからね」
「えっ?」
「二人きりの時は、俺のことも仁って呼ぶこと。出来る?」
「は、はい」
「呼んでみて」
もう一度コップの水を飲む。
もう水がなくなってしまった。
コップを置いて一度視線を下に向けてから、彼を見やる。
じっと見ているものだから恥ずかしくなってまた俯いた。
「じ、仁……さん」
「仁でいい」
「じ、仁……」