「違うよ、そう言うんじゃないって」
「ふーん」と、どこか納得していないように呟いた沙優ちゃんは緩んでいた綺麗な黒髪をギュッと結び直した。
そう、何故私が体育館をいつも見ているのか…
それが癖になったのか…
それにはちゃんと理由がある。
それは中学三年の夏休み、部活帰りに脱水症状を起こし道路へしゃがみ込んでしまった時の事。
意識は盲ろうとしていて、頭もふらつくし額からは変な冷や汗が溢れ出し、このままでは本当に気絶してしまう…そう思った時だった。
『おい、平気か。顔色すげェ悪いけど』
頭上から降ってきた声、そちらへ振り返る事さえままならなくて…声を出す事も出来なかった。
その人は崩れ落ちるようにして道路へとへたり込んでいる私を躊躇なく軽々と抱えると、近くの病院まで運んでくれたのだ。
だけれど点滴をし、意識もハッキリしてきたころにはその人はもう居なくて…こんなにもお世話になったのに。
名前を聞く事も、顔を見る事さえ出来なかった。
覚えているのは…唯一その人の低くて良く通った声だけ。