三月のバスで待ってる




その日はずっと寝て過ごした。
よくこの状態で学校に行こうとしていたなと思う。
目を覚ますと窓の外はもう暗く、いつの間にか夜になっていたことを知る。
夢を見た。月明かりの夜空を舞う、白い花。幻想的な景色と、其れを見あげる家族の笑顔。お父さんも、お母さんも、深香も、私も、笑っていた。
いままで繰り返し見てきた夢。目が覚めるといつも、そんな笑顔はもう家のどこにもないことを思い出して、気分が重くなった。
でもーーいまは、不思議とすっきりしている。体の内側にこもっていた熱も、寝ているあいだに抜けてしまったようだった。
携帯を見ると杏奈から心配するメッセージと泣き顔のスタンプが届いていて、私は思わず頬を緩ませながら、返信をした。
ドアをノックする音が聞こえて、
「深月、体調はどう?」
と続いてお母さんの声が聞こえた。
入るわね、とお皿を乗せたお盆を手に、ドアを開けて入ってくる。
「ご飯、ここにおいておくから、食べれたら食べて」
「うん」
「だいぶよくなったみたいね」
お母さんが私の額に手を当ててホッとしたように言った。
「深月……」
お母さんがなにか言いかけて、言葉を止めた。
「なに?」
「ううん、なんでもない」
と首を振って笑った。
その時私は、お母さんの訊きたかっだことが、なんとなくわかった。
『学校はどう?』
気になるけど、私が病気だから、遠慮したんだ。
どうしていつもはわからなかったことが、今日はすんなりとわかるんだろう。
考えて、ああそうかとわかる。ちゃんと見てるからだ。いつもは目を背けて、逃げてばかりいた。面と向かって話をしようと思ったこともなかった。
私は小さく息を吸って言った。
「お母さん、私ね、いま、学校楽しいよ。友達もできたし、好きなこともできた。だから、なにも心配しないで」
そう、これが、ずっと言えなかったこと。
言ってしまえば、どうしていままで言えなかったのか不思議なくらい、簡単なことだった。
お母さんは涙ぐみながら、じっと私を見ていた。
そして、そっと抱きしめた。
「頑張ったね、深月」
頑張ったね、頑張ったね、そう何度も繰り返す声を耳元で聞いて、私の目から涙がこぼれた。

ーーずっと、そう言ってほしかったんだ。