三月のバスで待ってる




朝の教室。まだ時間が早いので登校している生徒は半分くらいで、おはよー、という挨拶が飛び交う中。

「ねえねえ、深月」

隣の悠人は朝練でまだ来ていないので、杏奈がそこに座って、ずいっと身を乗り出してくる。

「何にするか決めた?」

私は、うっ、と声を詰まらせた。もちろん、コスプレのことだろう。

「まだ……ネットで調べてみたけれど、どれも似合う気がしなくて」

杏奈は?と尋ねると、待ってましたと言わんばかりにキラリと目を光らせて、携帯の画面を見せてきた。

「じゃんっ、コレ!」

画像を見て、それから杏奈に視線を戻す。

「あ、いま似合わないって思ったでしょ」

「えっ、思ってないよ。ただ、ちょっと意外だっただけで……」

画像に映っていたのは、黒いミニのワンピースに背中に羽根、頭に二本の角が生えた小悪魔風のコスチューム。

かわいい。でも、杏奈が選ぶのは意外な気がした。杏奈はもっと元気な感じのほうが似合いそうな気がするけれど……。

さりげなくそう言ってみると、

「ダメダメ。元気系じゃギャップなさすぎだもん。せっかくコスプレするんだから、いつもと違う感じにしたいじゃん」

「そ、そうかな……」

私は出来る限りいつも通りがいいけど。むしろ何も変わらなくてもいいんだけど。

「いつもと一味違う感じで、あの鈍感鈴村をドキッとささるの。そんであわよくば告白……」

「えっ、告白?」

びっくりして言うと、杏奈は途端に我に返ってぶんぶんと手を振る。

「や、できたらしたいけど、そんな雰囲気皆無だし……でも、ちょっとでも意識してもらえたらっていうか、普段とキャラ変えて積極的になれたらいいなって」

照れながら話す杏奈は、すごくかわいい。こんなに一生懸命な姿を見たら、誰だってすぐに好きになっちゃうんじゃないかな。

「ほんとに鈴村くんのことが好きなんだね」

笑ってそう言うと、杏奈の顔がさらに赤くなった。

「み、深月は?誰か好きな人いないの?」

今度は私がドキリとする番だった。いない、と言いかけて、呑み込む。素直な杏奈を見ていたら、私も少し見習ってみようと思ったのだ。

「……いることはいる」 

ぼそりと洩らすと、「ええっ!」と杏奈が目を見開いて身を乗り出す。

「誰?誰?まさか鈴村じゃないよね?それはいくら深月でも応援できないけどっ」

慌てる杏奈に、前もこんなやりとりしたなあと思い出して、思わず吹き出してしまった。

「違うよ。学生じゃないよ」

「うそいつの間に?学生じゃないってことは、社会人?もしかしておじさん趣味……!?」

「えっと、26歳」

おじさんなんて言ったら、ショックを受けそうだ。

「ええ!って、え?9歳差!?なにそれ意外すぎ!誰?誰?」

いちいちリアクションが大きい杏奈に、だんだん恥ずかしくなってくる。私はとっさに顔をあげて逃げた。

「あっ、鈴村くんきた。てことで、この話はまた今度」

「そこまで言っといて!?」

「あー、朝からうるせー。俺の席で騒ぐなよ」

朝練を終えた悠人が、机にドサッと鞄を置いてげんなりした顔で言う。

「だって聞いてよー深月が大人の……」

突然暴露しようとする杏奈を、私はギロリと睨んだ。

「大人の?」

「な、なんでもない、あはは」

私はふう、とため息を吐きつつ、そっか、と思った。

大人の男の人が好きって、そんなに驚かれることなんだ。

でも、そうしれない。1日の大半を学校で過ごす私たちにとって、9歳も年上の人を好きになるって、なかなかないことだから。

逆に想太だって、9歳も下の高校生なんて、恋愛対象にも入らないだろうし。

恋人同士になりたいなんて思うのは欲張りだってわかっているけれど、芽生えてしまった感情は無視できない。

もし叶うならーーそう願ってしまうのだ。

もし歳の差がなかったら。
もし想太が大人じゃなくて、たとえば同じクラスの男の子だったりしたら。
こんな風に教室で話したりできるんだろうか。
それとも近くにいすぎて緊張して、うまく話せなくなってしまうだろうか。

そんなあり得ないことを、つい考えてしまう。

好きな人と普通に1日を一緒に過ごせる人たちが羨ましい。

もっと長い時間を一緒に過ごせたらいいのに……。

歳の差がもどかしい。こればかりは、どうしたって変えられないから。

少し前までこんなこと考えもしなかったのに、
どんどん欲張りになっていく。

もっと近づきたい、知りたい。

そう思ってしまうんだ。