三月のバスで待ってる




「今日は機嫌がいいね、深月ちゃん」

バスを降りる時、いつもそうするように、想太が声をかけてくれる。私が落ち込んでいる時も、嬉しいことがあった時も。彼のひとことで、私はいつもホッとする。

「はい」

素直に頷くと、「そっかそっか」と想太は嬉しそうに綻んだ。

「深月ちゃんが嬉しそうだと、俺も嬉しいよ」

そんな恥ずかしくなるような台詞をさらりと言われて、私は「そうですか」と顔を熱くしながら口ごもる。

他人の幸せをこんなにもまっすぐに喜べる彼を、すごいと思う。

そして、ずっと感じていた、どうしてなんだろうという思いも。


『何があっても、そばにいる』

雨に包まれるバスの中、そう言って強く抱きしめてくれた彼の腕や、声を思い出す。

どうしてあんなことを言ってくれたのかは、いまでもわからない。

その場の感情や思いつきでそんなことを言う人じゃないと思う。でも、そこまで言ってもらえる理由が、私には見当もつかないのだ。

でも、自分の気持ちならわかる。

私が、想太を好きだということ。

自分の中にこんな感情があるんだと知って驚いた。

戸惑ったけれど、少しずつ受け入れられてきているように思う。

その証拠に、前より少しだけ自然に話せるようになったし。

会うたびにどんどん強くなる気持ち。いっそ伝えてしまえたらいいのにと思う。

だけど実際、そうしようとは思わない。

だって、それを言ったら、きっと困らせてしまうから。
彼と私の思いは、きっと違うものだから。
気持ちを伝えてこの関係がなくなってしまうなら、このままがいい。

つい黙り込んでしまい、私はそういえば、と強引に話題を変えた。

「もうすぐうちの学校で、芸術祭っていう行事があるんです。クラスのみんなで飾りつけとかするのが、なんだか楽しくて」

うんうんと想太が楽しげに頷く。

「そっか、もうそんな時期かあ。学校って季節ごとにいろいろイベントがあっていいよね。社会人になるとそういうのがなくなるから、ちょっと羨ましいなあ」

「あの、それで」

「ん?」

ーーもしよかったら、来ませんか?

芸術祭は来週の土曜日だ。一般の人もたくさん来るみたいだし、誘ってみようかな、とひそかに考えていたけれど。

でも、運転手さんは土日休みじゃないし、急に休みをとるなんて難しいだろう。そもそも家族でもなんでもない人が来ても楽しくないかもしれないし。

「……いえ、なんでもないです」

「そう?」

想太は首を傾げたけれど、深くは訊いてこなかった。