「辞めたよ」
関さんは苦いものを噛むような顔で言った。
ドクン、と心臓が打つ。
「え……?」
「先月で、退職したんだ」
頭が真っ白になって、言葉が何も出てこなかった。
辞めたーー?
「な、なんで」
やっと絞り出した声がかすれた。
「詳しくはプライバシーで言えないけど、家の事情みたいだよ」
ーー家の事情。
なにかあるのはわかっていた。けれど、関係ないと言われてなにも訊けなくなった。
突然仕事を辞めなければならない事情って、なに?
それとも、もっと前から、辞めることが決まっていたのだろうか。
『本当にありがとう』
何度も、何度もありがとうを繰り返す想太の笑顔が、まぶたの裏に浮かぶ。
『全部、俺がしたかったことだから』
ーーどうして。
なにがあってもそばにいるって、言ったのに。
いつでも力になるって。
それなのに、どうして。
突然、なんの言葉もなくいなくなったりするの。
わからない。なにも、わからなかった。
「……そうですか」
私はうなだれてつぶやいた。
想太にとって、私はどういう存在だったのだろう。
そばにいるというのは、どういう意味だったのだろう。
いてもいなくても変わらない存在だったのだろうか。
突然姿を消してしまうなんてーー
彼にとって私が特別ない存在だなんてかけらも思えなかったけれど、それでも、あの言葉は嬉しかったのに。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「あ、ちょっと君ーー」
私は頭を下げて、バスを降りた。
後ろから、関さんが「深月ちゃん」そう呼ぶ声がした。
どうして彼が私の名前を知っているんだろう。
ふと思ったけれど、でもそんなこと、いまは気にしている余裕がなかった。
もう想太に会えない。会えなくなってしまった。
そのことだけが頭を占めていた。

