暫くすると、飲み物を取りに部屋を出て行った木ノ下は戻って来たが、なぜか手には何も持って居なかった。
「うさぎ…落ち着いたか?」
「…はい」
意図的では無いにしろ、千夏を怖がらせ泣かせてしまった事に罪悪感を感じた木ノ下は、千夏の様子を伺いながらゆっくり部屋に入り、千夏に向かい合う様に座った。
「なんの説明もなく、組まで連れて来てしまった事は本当に悪かった。この通り謝る」と言って木ノ下は畳に手をつき頭を下げた。
「っチーフ!頭上げて下さい!
私が勝手に勘違いして泣いただけですから」
「じゃ、許してくれるか?」
いつも眉間にシワを寄せ、威圧感丸出しの木ノ下だが、千夏の怯えた姿が余程堪えたらしく、この時ばかりは弱りきった顔をしていた。
(子供が親に怒られた様な顔して…
いつからだろう…)
「許すも何も…勘違いした私が悪いんです
だから、この事はもう忘れて下さい」
千夏の言葉を聞いた木ノ下は、ほっとした顔を見せた。
(まただ…今まで見たことのないチーフの表情…)
そして木ノ下はスマホで何処かに電話をかけると「頼む」とだけ言って切った。
暫くして部屋の前で “失礼します” と声が掛かり木ノ下が返事をすると、襖がゆっくり開けられ姿を見せたのは坂下だった。
(あ、坂下さん…え?)
坂下は大きなステンレスのトレーを持っており、その上には小さなデコレーションケーキと、コーヒーが2つあった。
坂下はトレーを畳の上に置くと、ケーキの上に乗せられてるウサギのキャンドルに火を点け、坂下は “おめでとうございます” と千夏に声を掛けた。
「え…?どうして…坂下さんが?」
「これは私からではなく、若からです」
千夏は驚いて木ノ下の顔を見ると、いつもの様に眉間にシワを寄せていた。
(…また…怖い顔してる)
部屋を出て行こうとする坂下に少し話がしたいと千夏は引き止めたが、坂下にはやる事が有るからと断られてしまった。
「そうですか…」
がっかりする千夏を察した木ノ下は、坂下にケーキのカットをして欲しいと頼んだ。
木ノ下に言われては、坂下も無碍にするわけにもいかず、襖を閉め座り直した。
「秦さんと坂下さんは仲が悪いんですか?」
「いいえ、そんな事は…」
「じゃ、レストランでのデザートは、どうしてホットケーキだったんですか?」
食事の最後に出て来たデザートは、厚手の小さなフライパンに入ったホットケーキだった。
「それは…」
「材料が用意されて無かったんじゃ無いですか?」
「………」
無言の坂下に、千夏は少し意地悪な質問をして見ることにした。
「それとも、私嫌われてます?」
「いえ、すいません…あまりにも突然の事でしたし、素人の私にはホットケーキがやっとで…」
「ウフフ…嘘が下手ですね?
有名ラビアンルーのパティシエさんは?」

