千夏を担いだまま、木ノ下は奥座敷まで長い廊下を行き勢いよく襖を開けた。
そこには、布団の上に年老いた男があぐらをかいていた。
「おー春樹、
おまえやっと結婚する気になったそうじゃねぇか?」
そこに居た男は、腹黒蛇組の組長であり木ノ下の父親だった。
「ええ。親父のお望み通り結婚しますよ!
だから、約束通り親父は引退して下さい!」
「まーそんなに急かすんじゃねぇ?
モノには順序ってものがあるんだ。
で、何処の組みのお嬢さんだい?」
「組関係じゃない。
カタギの娘だ!」
「カタギだぁ…?」
「ああ、そうだ!」
担がれたままの千夏は、二人の様子を伺う事は出来ず、ただ、二人の声のトーンから険悪だと言うのだけは分かった。
「いつまで担いでるつもりだ?
生きてるなら、降ろして顔ぐらい見せやがれ!」
組長の言葉に、木ノ下の肩からスットンと下された千夏は、体を回し組長に顔を見せ頭を下げた。
「あ、えっと…会社の…」
取り敢えず自己紹介をと思った千夏だったが、想像していた組長のイメージとは違い、そこに居た組長は痩せ老いた男が床の上に居た。
(顔色が悪いみたいだけど…病気…)
「おい!畳の上だぞ⁉︎
アンタ靴くらい脱ぐ常識は持ってねぇのか⁉︎ ゴッホ ゴッホホ」
臥せっている様に見えても、組長のドスの効いた声は、十分千夏を怖がらせるだけの存在感はあった。
(ヒッ!)
組長の声に千夏は身を竦めたが、咳き込む組長の背中を、側にいた男が心配そうに摩っていたのを見て、何処か病んでいるのかと千夏は心配になって声を掛けようとした。
「あの…」
「いつまでボサッとしてんだ!
靴を脱げって言ってるんだ!ゴッホホ」
(あっ!)

