千夏は糠床を混ぜながら、野菜達に美味しく浸かってと呪|《まじない》を掛け、その中からナスを1本取り出した。

「おじいちゃん先生? また、うちのキュウリ入れておいたからね?
今夜の分はナスを冷蔵庫に入れておくから、帰り忘れずに持って帰って?」


篠田教授は、千夏の漬けるぬか漬けが大好きだと言って、いつも夜の晩酌用に少しだけ持って帰るのだ。


「千夏っちゃん、それ、彼に包んで待たせてあげてくれないかな?」


木刀を叩き落とされたのは、自分の未熟さがゆえと分かっていながらも、千夏はどうしてもその男が気にいらなかった。


「えーなんで? そんなカッコつけた奴、臭いって嫌がるに決まってるじゃん!
ほら、臭いだろ?」


千夏はぬかまみれの手を、嫌がらせする様に男の顔の前へと出しに行った。
だが、またしても男は微動だにしなかった。


なに、この男…
嫌がるどころか、全然ビクリともしないじゃん!


「千夏っちゃんよしなさい。彼は、多分私に大事な物を届けに来てくれたんだよ」


大事な物…?


確かに、男が持って来たであろう風呂敷包みがテーブルの上にあった。
大きさで言えば、メロンの箱より二回りほど大きな物で、家紋の入った風呂敷で包んであった。


大事な物ってあれの事…?
何が入ってるんだろう…?
売りつけに来たんじゃなかったんだ。


「千夏っちゃん?」

千夏が不思議に思っていると教授が声を掛けた。


「あ、はい。お茶、お茶だよね?」


千夏が離れるとすぐに教授は男へ話し始めた。

「彼奴、覚えていたんだね…」

「本当は、父が伺うのが筋なのですが、それではこちらにご迷惑になるだろうと言いまして…
私が代わりに参りました」

「彼奴らしいねぇ。で、………噂は聞いてるけど、どうなんだい?」

「…………」

一言二言言葉を交わした後、篠原教授は「そう…」と言い、「じゃ、今度彼奴に会うのは……………だね?
彼奴に “ またなって ” 言っといてよ?」と話した。


なんの話をしてるのか千夏は聞き耳を立てていたが、湯を沸かすガスの音で所々しか聞き取れず、二人の話してる内容は殆ど分からなかった。
ただ、篠原教授の声がどこか切ない声の様に千夏には聞こえた。