(あっ海…)
ヨットハーバーを横目に暫く走り車が止まったのは、マリーナから少し離れた高台にあるレストランだった。
レストランは全面ガラス張りで、店内から溢れる照明の光が幻想的で千夏の心を魅了した。
(…こんな素敵な所があったなんて…
全然知らなかった…)
「…あの…チーフ…?」
「先ずは腹ごしらえしてからだ。降りるぞ」
(え?先ずは腹ごしらえしてからって…
この後になに…が…?)
千夏は恐る恐る、木ノ下に手を引かれながら車から降りると、真っ白なコック服姿の男が慌ててコック帽を取りながら店内から出て来た。
(あの男がシフェ?
でも、シフェ自ら出迎えるなんて…)
そして、シェフはお待ちしておりましたと頭を下げ、千夏達を出迎えた。
その男は耳に幾つものピアスをつけており、背中まで長い髪はゴムでひとつに束ねたいた。
木ノ下は「急に悪かったな?」と男に声を掛け、千夏の手を引きながら男より先に、我が物顔で店内へと入って行く。
(え?…ええ…いいの?)
店内は全ての物が真新しく、オープンしたばかりだと思わせた。
そして、店内には千夏達の他には誰も居らず、貸し切り状態だった。
そして、席に案内されるのを待つ事も無く、木ノ下は店内を見渡し、好きな席へと歩いて行く。千夏は戸惑いながらも着いて行くと、突然木ノ下は立ち止まり頷いた。
すると、男が椅子を引き「お嬢ちゃんは、こちらへどうぞ?」と、千夏へニッコリ微笑んだ。
(え?いまお嬢ちゃんって言った??
言ったよね?凄く失礼じゃない⁉︎
それに、なんかこの人チャラそうだし…
ちょっと苦手だな…)
「…ありがとうございます」
だが、千夏が座ろうとすると、木ノ下が千夏の腕を引っ張ったのだ。
(え?)
「うさぎはこっちに」と言って、木ノ下が自ら椅子を引き千夏に座れと言った。
それを見ていたシェフは一瞬驚いた顔を見せたが、小さな声で “うさぎ…ね?” と言ってクスクスと笑っていた。
(なにこの人…やな感じ)
「秦!遊んでないで仕事しろ!」
男にそう言ったのは坂下だった。
そして、秦は “ハイハイ” と適当な返事をし、千夏にアレルギーは無いか聞くと、今度は、“ドルチェはお願いしますよ?”と坂下に秦は言った。
坂下は一瞬木ノ下の顔を見たが、木ノ下が頷くのを見て、仕方なさそうに秦と厨房へ入って行った。
(え?…もしかして坂下さんが…デザート作るの?
…それにしても、ホントここ眺めがいい!)
「ここからの夜景、素敵ですね?」
千夏の座った席からは、真っ直ぐマリーナが一望出来き、木ノ下はきっとこの為に腕を引っ張ってまで席を替わってくれたのだと知った千夏はなんだか嬉しくなり、気がつけば木ノ下に礼を言っていた。

