運転席には黒のスーツを着た男が既に乗っており、助手席に男が乗り込むと直ぐに発進させた。
(わたし…マジで拉致られてんじゃん…
お兄ちゃん達が言ってた通り…
起業家だとか言って外面をいくら繕っても…
やっぱり…ヤクザはヤクザなのかな…
それにしても…)
「…いくら…チーフのプロポーズ断ったからって…
なにも…拉致らなくてもいいじゃ無いですか…?
わたし…チーフの事信じてたのに…
っ⁉︎ もしかして、皆んなに見せつけて既成事実作って、サインさせようとか考えてませんよね⁉︎
外堀から攻めようとか?」
(ヤクザならやりそうだもん!
あ〜出社したら…きっと私、会社中の噂人になってるよ…)
「既成事実か?…なる程、十分部署の人間には見せつけてやったしな?
それもいい手だな?
早速サインして貰おうか?」
木ノ下はそう言うと、胸ポケットから薄っぺらい紙、婚姻届の用紙とペンを出してニヤリと笑った。
(じょ、冗談じゃ無い!
チーフなに考えてるの⁉︎
サインなんて…そんなのするわけないじゃん!
この男、アホなのか…)
「いたしません!
それより、これから何処に行くんですか?」
「それはうさぎ次第だ」
(わたし次第って…えっ⁉︎
場合によっては…
えっ⁉︎ 嘘…この先って海だよね…
もしかして…私、海の藻屑になっちゃう…?)
「わ、わたし次第…?」
「ああ、うさぎ次第」
千夏の問いかけに無表情で答える木ノ下に、千夏は今までにない恐怖を感じていた。
いくらチーフでも…
でも、あの人達なら…
マジで、この男危険過ぎるでしょ⁉︎
なんとかして逃げなきゃ…)
木ノ下もだが、前に座る男の人相から二人はカタギでは無いと察した千夏。
このままでは危険だと思った千夏は、信号で止まった隙に飛び降りようと、ドアノブに手を掛けその一瞬を待っていた。そして、信号で止まった瞬間にドアを開け様とするが、ロックがされててドアは開かなかった。
(嘘でしょ…なんで…)
ガチャッガチャッと何度もドアノブを触るが、全く開く気配が無く、ルームミラー越しに運転手を見ても、なんの反応も見せず、まっすぐ前を向いて運転してるだけだった。助手席に座る男も勿論無反応で、隣に座る木ノ下でさえ、千夏がドアを開け様としてる事には一切触れず話を続けていた。
「うさぎ、何が食べたい?」
「はぁ⁉︎」
「お前、軽すぎ!
飯いつ食った?」
(いつって…あんたと一緒に…)
「…チーフ、もうボケたんですか⁉︎」と言う千夏に、助手席に座っていた男は勢いよく振り返ると、千夏を睨んだ。

