「ちょちょっと、私、いつまで抱かれてないといけないんですか⁉︎
下ろして下さい!」
「ん?…結婚はしたく無くても、俺に抱かれはしたいのか?」
(アホ!日本語通じないのか⁉︎)
「違う‼︎
下ろしてって言ってるんです‼︎」と言って千夏は木ノ下の胸を何度も叩いていた。
エレベーター前で言い合っていると、背後から“待って下さい!”と声がかかり振り返れば、嶋田が千夏の鞄を持って走って来ていた。
「チーフ、これ小野田さんの鞄です!」
木ノ下に差し出された鞄だが、千夏を抱き抱えてる木ノ下は受け取る事が出来ず、側にいた男に目配せをした様で、男はなにも言われなくても嶋田の手から千夏の鞄を受け取ったが、その時の嶋田は悔しそうに口を歪めていた。それに気がついた千夏は嶋田に声を掛けようとしたが、なんと声を掛けて良いか分からず、そのまま口をつぐんでしまった。
(…嶋田君…
ごめんね…
私が謝ったところで仕方ないけど…
でも、君の想いがいつかチーフに伝わる事を私も願うよ…)
嶋田をその場に残し、千夏達は到着したエレベーターに乗り込んだ。そして、嶋田の想いは届か無いまま無情にも扉は閉まってしまった。
1階ロビーに降り立つと、木ノ下は態々受付嬢の前を通り玄関口へ向かおうとする。
(…な、なんで…?)
千夏は慌てて彼女等に自分だと気づかれない様に、木ノ下の胸に埋める様に顔を隠した。
「チーフ、ワザとですよね?」
「なにが?」
(このヤロー…)
愛想は無くともイケメンと称される木ノ下が、女性を抱き抱えているとなれば必然と周囲は騒めく、千夏は気づかれない様に木ノ下の上着を掴み、必死に顔を隠した。
ロビーを出ると、既に黒塗りの車が止まっていた。
(…これって…ハイヤーじゃ…ないよね…)
千夏の鞄を持った男は、後部座席のドアを開けると、木ノ下は千夏を抱えたまま後部座席へと乗り込んだ。
そして男は、千夏の鞄を持ったまま助手席へと乗り込んだ。

