剣道には四戒と言う言葉がある。

四戒とは、驚(きょう)、懼(く)、疑(ぎ)、惑(わく)、の四つを言い、この中の一つでも心中に起こしてはならないという戒めである。
驚とは「おどろき」「おどろく」であり、懼とは「気づかい」「恐れる」である。
そして、疑とは「あやぶむ」「あやしむ」であり、惑とは、「おどろき」「恐怖」「疑心」「まごつき」の心を言うのである。

千夏は、師である父からこれらを教わり、幼い頃から
鍛錬して来たつもりでいた。
だが〝優しすぎるから隙を与える〟と見知らぬ男に言われ、千夏は少し戸惑っていた。


まだ…戒め…鍛錬不足って事…?


その時、突然ドアが開いた。


「木ノ下君も千夏っちゃんも、もう、その辺で辞めときなさい?」


二人の様子を伺っていたかの様に、篠原教授が部屋へ入って来たのだ。


「おじいちゃん先生!こいつ…」

「千夏っちゃん、熱いお茶を淹れてくれるかな?」


篠原教授は千夏の言葉をさえぎりながらも、いつもと変わらぬ笑顔でお茶を頼んだ。


「…はい。もしかして、こいつの分も?」と、千夏は男を指差した。


すると篠原教授は、指差す千夏の手を下ろし「そう。私のお客様だからね、お願いするよ」と言った。


ちぇっ!


篠原教授にお客様だと言われたら、千夏は何も言い返す事はできず、仕方なく二人分のお茶の用意を始めた。


「おじいちゃん先生! きゅうりで良い? めっちゃいい感じだよ?」


千夏が篠原教授へお茶を出す時は、ぬか漬けの大好きな教授の為に、千夏のつけたぬか漬けをお茶うけ代わりに出す事にしてる。
その為、ちょうど食べごろに漬かっていたきゅうりで良いかと千夏は聞いたのだ。


「ああ、頼むよ」


ここ篠田教授の部屋には、木刀の他にも千夏特製のぬかが入ったかめが置いてある。勿論、これを管理するのも千夏の役目である。