目の前に置かれた人気店のケーキどころか、いい香り漂わせるコーヒーにさえ手をつけない千夏に、木ノ下は「クソ真面目…」と呟いた。

「は?今なにか言いました?」と千夏が聞くと、木ノ下は「別に」と言いながら立ち上がると、副社長のデスクから書類を1枚取り、それをテーブルに置いた。

「何も言わずこれにサインしろ!」

「は?」

「お互い忙しい身だ、こんな事に無駄な時間は使いたく無いんだろ?」

「……ええ」

「このままここで働きたいなら、これにサインしろ!」

(どう言う事?言ってる意味がわかんない)

なんの説明もなく、直属の上司であり、そしてこのDOY(会社)の社長である木ノ下からサインしろと差し出された薄っぺらい紙。
それは…婚姻届だった。


「・・・・・」


サインしろと言ったきり、未だ眉間にシワを寄せてるだけで何も話さない木ノ下に、千夏はどんな説明があるのかと固唾を飲んで待っていた。


「…あーのー…これ、何の冗談ですか?」

「俺が冗談言うタイプじゃない事くらい、お前が良く知ってるだろ?」

「…ええ、今までは…知ってたつもりですけど…?
…でも、これは冗談としか思えませんよね?」

「良いからサインしろ!」


久々に威圧感剥き出しにする木ノ下に、思わず千夏は体を引いた。


「な、なにっ?」