兄達の事などすっかり忘れ仕事に没頭していた。
気がつけば二人を待たせて既に2時間強が経っていた。千夏は慌てて兄達の元へと駆け寄り「ごめん…」と謝った。
すると信二が用は済んだなら帰ろうと千夏の腕を掴んだのだ。
だが首を振り、千夏は足を踏ん張り一歩も動こうとしなかった。


「千夏?」
不安そうに声を掛ける信二。


「信兄ごめん…帰れない…帰らない!」

「千夏!」

「ごめんなさい!…だって、まだ仕事が残ってる。
今、仕事放り投げて帰るなんて私には出来ないよ!」

千夏の指示で、情報確認の為に聞き込みに行ってる者達の代わりが居ないうえ、自分まで居なくなったら大変な事になるのは目に見えていた。

千夏は必死に信二に訴えるが、信二は「ダメだ!」と言って、無理やり連れ帰ろうとする。

「お前の誕生日を祝おうと皆んなが待ってるんだぞ?わがまま言わないで、さぁ帰るんだ!」


信二は、掴む腕に力を入れ、連れて帰ろうとする。
だが、嫌がる千夏の腕から信二の手を引き離したのは琢磨だった。
そして、琢磨は「俺達の負けだ」と哀しそうに眉を下げて言った。


「琢兄…私、この仕事辞めたくない!」

真剣な眼差しを向ける千夏に、琢磨は好きにしろと言って、木ノ下に案内を頼んで部署(へや)を出て行った。


(信兄ごめん… 琢兄…ありがとう)


その後、都庁に行かせていた柴田から連絡が入り、そんな話は入って来ておらず、予定通り東京で開催すると言っていると言う。日本陸連に関しても同じ回答だった。


「千葉さんから連絡は?」

「まだ、ありません」

(確かに近年の日本の夏は暑い。
でも、今更暑いからと言われても、対策もそれなりに考えて来た筈…
それを今になって…
日本国民皆んなが応援してるのに、誰が言ったか知らないけど、ほんの気まぐれで言ったじゃすまされないんだから!
IOCの誰が言ってるのよ⁉︎)


自社だけが出遅れた事に焦りを感じていた千夏だが、出遅れたなら出遅れたなりの、もっと核心をついたニュースを流したいと千夏は思っていた。
それには、副社長から聞いた関さんの力をどうしても借りたいと思い、デスクの受話器を取り秘書室から副社長に電話を繋いで貰った。