翌日、千夏は篠原教授に紹介して貰った木ノ下が勤める会社の前に、約束した時間より30分以上も前に着いて待っていた。


「ちょっと、もうすぐ10時だけど彼奴来ないじゃん!
怪しい奴だとは思ったけど…
私の事騙したんじゃない?」


真夏の暑い中、リクルートスーツを着た千夏は沢山の視線を浴び、30分以上もロビー前で木ノ下を待っていた。
だが、もうすぐ約束の10時だと言うのに、姿を現わすどころか担当者すらよこさず、どうしたものかと焦っていた。
電話した方が良いのかと思い、昨日貰った名刺をポケットから出して見たら、何故か部署おろか、会社名と彼の名前以外全て黒く塗りつぶされていたのだ。


「なんじゃこりゃ!?
なんで黒塗りなのよ!?
こんなに大きな会社、部署が分からなきゃ電話なんて繋いで貰えないでしょ!?
やっぱり、こんな大きな会社に彼奴が勤めてる訳ないもんね!!
私をからかっただけなんだわ!
でも、おじいちゃん先生の知り合いだって…」


どうしたものかと困っていたその時、千夏は嫌な視線を感じ振り向けば、黒髪を後ろへ流し固め、黒いメタルフレームの眼鏡の奥から鋭い視線向ける男が千夏へと向かってくる。


(ん?
あの鋭い目つきは…)

その時、「おい! お前こんなとこで何やってんだ?」と千夏に声を掛けたのは男は木ノ下だった。

「なにって?」

「10時って言ったら、10分前には行ってるもんだろ?
人事課は3階だぞ? 早く行け!」

「はぁ? 何言ってんのよ⁉︎
私は30分も前からここで、あんたを待ってたんだからね⁉︎」

「なんで俺を待つ?」

「だって…大きな声で言えないけど…あんたのコネで入るなら、一緒に行った方が良いと思って…」と、千夏は周りに聞こえない様に口に手を添え小声で話した。

「はぁ? 
誰がそんな事言った?
話しておいてやるって言っただけで、後は自力でなんとかしろ!」

(えっぇぇぇぇ!! 自力なの??)

「だったら、もっとはっきり言ってよ!
てかさ、あんたいつも会社でも、そんな能面つけた顔してんの?
もう少し表情明るくした方がいいよ?
ほら眉間にシワなんて寄せないでさ!」

「……そんなくだらないこと言って居て、時間は良いのか?」

「あっヤバイ!」

ゲートを入れて貰うと、千夏は周りを気にする事なく慌てて3階まで階段を駆け上がって行った。