=朝食時の事=

(え?)

組長と食事してる筈の千夏が、涙を流しながら坂下に支えられ戻って来た。

(何があった?)

「おめぇらいつまで食ってやがる⁉︎
とっとと食って、仕事に行かねぇか‼︎」坂下の怒濤のような叫び。

(おっ!)

久しぶりに聞いた坂下の怒濤のような叫びに、一瞬春樹の口角が上がった。

(“若は毅然とした態度でいてください!”とか言って、昔は俺の代わりによく声を荒げるこんな姿も見せてたっけなぁ…
強面でガタイもでけぇから存在感ありすぎで、一緒に街を歩いてるだけで小さな子供泣かせた事もあったけ?
俺が会社を起こしてからは、こいつなりに気を遣ってくれて、自分の代わりに秦を置く様にして…
本当、お前の気遣いには感謝してるよ。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
それより、うさぎに何があった?)

食事を終わらせ雑談していた者や、まだ食事をしていた者までが、坂下の姿に驚き自分の食器を持って逃げる様にその場から離れて行った。

(まだ飯食ってた奴もいたのに、追い出して申し訳ない。
だが、今はうさぎの事が心配だ。
すまん…許してくれ。
組員(皆んな)には席を外して貰う事は出来たが、彼女に何があった?)

「坂下?」

春樹は坂下に事情を聞こうとしたが、坂下は首を振るとそのまま坂下も部屋を出て行った。

春樹は組員(皆んな)の姿が消えるのを待って、千夏の手を取り引き寄せると、自分の傍に座らせた。

「うさぎどうした?」

春樹の問い掛けに、なにも答えずただ首を振る千夏。
そんな千夏に、春樹は子供に話聞かせる様に優しくゆっくり話しだした。

「うさぎ…これは、お互いの利益の為の結婚だろ?
うさぎが辛い様なら、このまま続ける事は出来ない。今すぐ契約は解消しよ?」

(言葉ではこんな事言っていても、いまの関係を解消するつもりない。
彼女を今手放せば、二度と俺の元には返ってこない。
親父にどやされたくらいで、彼女が逃げ出す女じゃ無い事は、この俺がよく知ってる。
知っててこんな言葉を掛ける俺は、ホント狡い奴だとも思う。
彼女の気持ちを利用し契約という名の鎖で縛りつけ、男らしく無い事も良く分かってる。

だが、彼女だけは手放したくない。
彼女が俺を嫌い、自分の足で(意思)出て行くまでは…
それまでに、なんとか彼女を振り向かせたい)

今までになく優しく話す春樹に、思わず泣きつき頼りたくなった千夏だが、思い直して涙を拭って笑った。

「大丈夫。なんでもないです!
ちょっと、巫山戯たら組長さんに怒られちゃって…
やっぱり本物のヤクザは迫力ありますね?
流石の私も驚きました。
でも、私が敵に背中を見せる様な弱い女じゃないって知ってるじゃ無いですか?
心配しなくても大丈夫です!」

(ああ、君はそう言う女だ。
だから好きになった)

笑ってそう話す千夏を、春樹は抱きしめた。

「チ、チーフ…」

「ごめん…」

「なんでチーフが謝るんですか?」

(すまない…
本当にすまない…
うさぎの性格を知ってるのに…
酷い俺を許してくれ…)

千夏は、春樹を自分から引き離すとお腹が空いたと言って、笑ってその場を離れていった。