「オイ、コイツな、月バスの」

ふっちーがそう言って、“彼”を呼び止めると私を指してそう言った。


「え、ああ、後で返すから待ってて。ごめんね借りちゃって」

彼はあの日と同じように微笑むとごく自然に笑った。



ふっちーが気を利かせたのか、何かを企んだのか、先に歩き始め


それに、さっちゃん、セイ、むっちゃん、紗香が続いた。




つまり……

二人、残された形。






「アレ?行っちゃったね」

そう言った彼に、こっちは頭がショートした。


ただ、ボーッと見てた私に


初めて、目が合って固まる。

固まったのは、彼も。


彼も?え?


「え!あ!!あぁー!!」

なぜか彼が驚き、私を指した。



「ちょ、待って、森さん!?」


森?

「違いますけど」

「……違うの?」

「下の名前は?」

「朱里」

「あれ、全然違うな。産まれた時からN高?」

「産まれた時から?えっとこの4月からN高ですけど…」

「あ、そうだな。ど…どういう事だ?」

「分かりません」



彼はスマホを確認すると

「ヤバい、時間がねぇな」

そう言って、ペットボトルの蓋を開けると一口飲んだ。



「ちょっと動揺しすぎた、ごめん!帰りにちょっと話せる?」

何の事かさっぱり分からないけれど、何とか頷いた、

「月バスも返さないと。……えっと、アイツとは…あ、石橋とは中学が一緒なんだっけ?」

彼の口から紗香の名前がでて

またズキンと胸が痛んだ。


「そう、ふっちーも」


「うん、この前聞いた。俺もふっちーとはこの練習で友達になった。ポジション一緒だから、いっつもアイツをマークすんの。上手いよね、ふっちー」


そう言われて、つい吹き出してしまった。



「え、何?」

「ん、ふっちーも同じ事言ってたよ。この3日間、お互いにいい刺激になったんだね」


「……そうかも。3日間見に来てんの?」


「え、あ、うん。ふっちーいるし」


「あ、はーん…そういうこと」


「え!?いや、違うよ、そーゆーのじゃなくて!」


“私じゃなくて”って言えば良かったのかもしれない。

だけど、この人に、紗香がふっちーを好きな事が分かってしまうのは酷な気がして


たた、否定だけに留めた。



「モテそうだ」

彼もふっちーにそう言ったもので

いよいよおかしくなって笑ってしまった。



「あはは!何を言ってるの、ふっちーも…あ…」

名前知らなかった。


「俺?工藤快晴でーす」

彼がふざけてそう言った。




「宜しく、朱里ちゃん」

「宜しく、工藤くん」



私も……そう言った。

彼と話せている不思議と

彼の名前を知って、彼の名前を呼べた事に……
胸が高鳴り

顔が緩む。



色んな感情を取り払ってみると



やっぱり、私は……


工藤くんが好き。



「急ご!」

早足の彼に並んで、走った。