杏樹に見送られ悟の車に乗り込んで
爺さん家へと送って貰う途中

月極駐車場へと姿を変えたアパートを見た


「・・・っ」


驚きよりも苦しさの方が刺さって
あの頃の景色が頭の中へ広がった



・・・・・・
・・・




「宙、また鍵開いてたよ」


「・・・ん、・・・あぁ」


お袋がアパートへ戻る時は決まって夜中だった

居酒屋を閉めてから来ているんだろう
そんなお袋のことが俺は心配で仕方なかった

義務感でも良いから戻ってくれるお袋に俺が出来ることはやってやりたかった

でもそれが何かは分からなくて

ただひとつだけ

ウッカリ鍵を忘れて入れなかったら
もう二度と此処へは帰らない気がして・・・

そんな不安から

色んな“もしかして”を想定して鍵をかけたことがない

それを知ってか知らずか
毎回施錠していないことを責めながら起こすお袋

俺の目が覚めたら


「ちゃんと出来てる?爺ちゃんと暮らした方が良くない?」


これも毎回聞かれること

爺さん家へ引越したら俺の心配をしなくて済む

そしたら此処へは帰って来なくなる
子供乍らにそんな勘だけは良くて

それを阻止する為に
ずっとずっと狭くてボロいアパートへ居座り続けていた

熱が出たって
風邪ひいたって

喧嘩してボロボロになって
一人が寂しくて泣いた日だって

お袋を待つことで乗り越えた

遠足も運動会も

自分で焼いた卵焼きとウインナーだけの弁当を持って行った


なんでも出来るなら
爺さんと暮らせとは言われないだろうと

何でも出来るようになったんだ




「じゃあね」



決して“また”とは言わなかったお袋

会いたくて堪らなかったお袋が
背中を向ける瞬間を毎回瞬きもせずに見送る


一番苦しい瞬間を見てしまうから
また此処へ来て欲しいと待ち続ける

背中を向けたお袋に囚われ続ける俺は
一番愛しい人を同じ方法で縛ることしか思いつかなかった