雨の日はそばにいて抱きしめて





「ご無沙汰しています」




軽く頭を下げると

相変わらずのスタイルで微笑む木村庸一郎さんがサッと胸に手を当てお辞儀をした


「今年も綺麗で惚れ直した」


少しはにかむ庸一郎さんにならってお辞儀を返す


「庸一郎さんも素敵です」


ロマンスグレーの髪は
整髪料で整えられていて

姿勢の良い立ち姿は68歳とは思えないほどカッコいい

スーツと同じチェック柄の蝶ネクタイは
素敵なのに可愛さを出している



「今年のステージは低いな」



そう言って見やる視線の先には
簡易的に作ったステージが辛うじて見えた



「また後で」



庸一郎さんは小さく片目を閉じると
営業一課の小松課長と人波に紛れるように見えなくなった



「せんぱーい。絢音今から
ドキドキしますぅ」



料理もそこそこにアルコールを手に取った絢音は


ほんのり頬を染めて可愛い


余興が始まったステージを横目に見ながら

そのうち呼ばれるであろうその時まで
腹ごしらえをしようと
ビュッフェコーナーへと絢音を引っ張った


女子が多く群がるそこは
最早戦場と化していて

怯んでいる場合じゃない


「絢音!行くよっ」


プレートを片手に戦場に突入すると
正面に麻人が居た


「・・・恋さん」


声は微かにしか聞こえなかったけれど
唇は私の名前の形に動いていた

少し口角を上げて微笑むと


「綺麗です」


今度は大きな声が聞こえた

ありがとうと口パクで答えて視線を外す


麻人の視線を痛いほど感じながら
適当に料理をプレートに乗せると
また絢音を引っ張って壁際まで離れた


もうスッカリ同僚気分の私に
何かと話しかけて来ては食事やお茶に誘う麻人

彼の真意は読めないけれど
もう振り回されるのはごめんだ


「せんぱーい」


美味しそうにローストビーフを頬張る絢音に視線を移したところで


「ハニー」


マイクを通した庸一郎さんの声が聞こえた