『待って、行かないで』


『その子誰?』


『私は宙の何?』






背中を向けた宙に力の限り叫んだのに
宙は一度も振り返らなかった


宙へと伸ばした手は


力をなくして落ちる寸前

柔らかな温かいものに包まれた



「・・・レン?・・・レン?」



ゆっくり目を開けると
目の前に母が居て私の手を握っていた


「ん?」


「大丈夫?」


「・・・ん」


「あんた駅前で倒れちゃってさ
小波ちゃんからの電話で
母さん慌てて迎えに行ったのよ」


「あ・・・」


夢だった・・・


「ずいぶん魘されてたよ、平気?」


頭を撫でてくれる優しい手と
眉尻を下げた母の顔に
駅前の光景が蘇る



「・・・大丈夫」



「そう?あんた我慢強いのも
ほどほどにしなさいよー」


母は私の頭をひと撫ですると部屋を出て行った

ドアが閉まるのを確認して

布団を頭から被った



・・・悔しい



今まで堪えてきた気持ちが
抑えきれない程どす黒くなって溢れてくる

それが涙に変わるのは
あんな男をまだ好きだと思う
自分の情けなさ


声を上げて泣いて


泣いて


泣いて


泣き疲れて・・・寝てしまった








土砂降りの雨が


悔しさも・・・恋しさも


全て全て


流してしまえば良いのに・・・














「レン、おはよう」


ガバッと布団を捲られて
目が合った母は


「えっと・・・」

暫く黙ったままでいたけれど


「今日は休みなさい」


思い直したようにそれだけ言うと仕事へ行ってしまった


「お腹空いた」


ベッドから抜けて一階に降りると
父も弟も既に出かけた後で
広い家に一人ぼっちだった


「あ」


テーブルの上に残された食事に
少しテンションが戻って

一先ず顔を洗う為に入った洗面台の鏡の前で


「うそ」


顔全体が腫れ上がった
お化け顔と対面した